[対談]鈴木励滋さん(生活介護事業所カプカプ)×唐川恵美子さん(ほっちのロッヂ)

横浜市旭区にある生活介護事業所カプカプの所長である鈴木励滋さんは、独立行政法人福祉医療機構(WAM)の助成を受けて2021年に「障害福祉施設におけるアーティストとのワークショップ定着事業」を実施した。手応えを得て、この活動を全国に広めたいと考えている。軽井沢町にあるケアの文化拠点を謳う「診療所と大きな台所のあるところ ほっちのロッヂ」でアートコーディネータを務める唐川恵美子さんは医療福祉の現場にアーティストが入り込む滞在制作を展開している。日常風景の中にアーティストという存在を迎え入れることで生まれる気づき、新たな価値観の醸成によって、鈴木さんは障害のある人のための施設、唐川さんはケアの現場と社会との関係の結び直しをしているという点で共通するような気がした。新たな未来に向けた可能性のようなものを伺いたくて、対談をしていただいた。

鈴木励滋さん(撮影:日夏ユタカ)鈴木励滋さん(撮影:日夏ユタカ)

鈴木励滋(すずきれいじ)
生活介護事業所カプカプ所長、演劇ライター。群馬県高崎市生まれ。1998 年には横浜市旭区のひかりが丘団地商店街で「喫茶カプカプ」を、2009 年には斜向かいに「工房カプカプ」を開店。同年にNPO法人化し、2017年からは生活介護事業所として運営。現在は、横浜市内にある〈カプカプ竹山〉と〈カプカプ川和〉を含んだ3事業所合わせて総勢60名近いメンバーさんが通い、喫茶店の運営、お菓子づくり、リサイクル品の販売などを行なっている。演劇については「埼玉アーツシアター通信」、「げきぴあ」、劇団ハイバイのツアーパンフレットなどに執筆。『生きるための試行 エイブル ・アートの実験』(フィルムアート社、2010年)にも寄稿。師匠の栗原彬さん(政治社会学)との対談が『ソーシャルアート 障害のある人とアートで社会を変える』(学芸出版社、2016年)に掲載された。

唐川恵美子さん(©️清水朝子)唐川恵美子さん(©️清水朝子)

唐川恵美子(からかわえみこ)
「ほっちのロッヂ」アートコーディネータ。旅するポテサラ屋店主。福井県三国町出身。じゃがいもが好きという理由でドイツ語を専攻し、学生時代はウィーンに留学。大学卒業後、東京のコンサートホールに勤め、年間120本以上の企画運営を担う。その後、2016年に地域おこし協力隊として福井へUターンし、坂井市竹田地区へ。音楽家が老々介護世帯を見守る「アーティスト・イン・ばあちゃんち」を主宰。2018年より(公財)坂井市文化振興事業団に職員として勤務。現在は軽井沢町にある「診療所と台所のあるところ ほっちのロッヂ」にてアートコーディネータを務める。ピアノ弾きでもある。

まずはお二人の自己紹介からお願いできますでしょうか。

鈴木 私は実は物書きになりたかったんですが、文学部には入れてもらえなくて、浪人を経て拾ってもらえたのが法学部。単位とか関係なく他学部でも興味ある講義にはもぐってました。「日朝関係史」とか「比較文化論」とか。「政治社会学」のゼミで「差別」とか「共生」というテーマを理屈で学んでいました。私の恩師の担当編集者が変わった人で、横浜で出版社と自然食のお店をやってたんです。お店で精神障害のある人を雇ううちに自分たちでもそうした場をつくろうと動かれていました。そのころ私がブラブラしていたので、「見学だけでも来ないか?」と誘われて、顔を出したら「職員の鈴木君です」と紹介されて(苦笑)。仕方ないから立ち上げだけでも手伝うかと思っていたら、いつの間にか25年ほどが経ち、今は生活介護事業を行う事業所3カ所を運営し、54、5名のメンバーさんが通っています。

カプカプ(撮影:阿部太一)カプカプ(撮影:阿部太一)
カプカプのメンバーさんとともにカプカプのメンバーさんとともに

カプカプさんは喫茶店として、個性あふれるメンバーさんがお客さんをお迎えしているんですよね。

鈴木 なんでも山盛りが大好きで、洗いカゴのコップや店のミルクをいつも山盛りにしている沼舘さん。向かいの整骨院に常連のウエハラさんがいると杖を奪っ……いや、手を引いて連れてくる中原さん。「最重度」と言われる星子さんは喫茶の奥でよく横になっていますが、私たちは星子さんに会いに来るのもお客さんのモチベーションの一つになるので、そこにいてくれることが接客だという考えです。中原さんはダンディな常連タカギさんの姿が見えるとくねくねと不思議なダンスを踊るんです。最初はタカギさんも戸惑っていましたが、「これは歓迎しているんです」と伝えると喜んでくださって、今は向かいの八百屋で買った果物を差し入れで持ってきてくれるようになりました。ほかに楽器を鳴らしたり、それを自作したシルクハットと燕尾服を着て指揮をしたり、販売してる古着でコスプレしてみたり、なぜか道を行き交う人を応援するとか、盛り立ててくれるメンバーさんがたくさんいます。そんなにぎやかなことを商店街の真ん中でやっていても許されるくらい、25年近くご近所づきあいをせっせとやってきました。メンバーさんにはカプカプの目指すザツゼンさそのまま、一人ひとりが思い思いに表現してもらって、それを地域の皆さんとつないでいくことが私たちの仕事だと思っています。そのぶん周りのお店の雑務を一手に引き受けています。

 沼舘さんが山盛りにしたミルク沼舘さんが山盛りにしたミルク
 カプカプ祭りカプカプ祭り

唐川さんが所属する「診療所と台所のあるところ ほっちのロッヂ」もユニークな活動をされていますよね。

唐川 ほっちのロッヂは2019年9月から訪問看護ステーションとして事業をスタートして、2020年4月から在宅医療を担う診療所と病児保育、医療的ケア児の居場所である児童発達支援・放課後等デイサービス、高齢者の方も介護を受けながら過ごすことのできる通所介護などのケア事業を展開してきました。そんな中、私は2020年4月から文化企画担当として、医療も福祉もごちゃ混ぜになっている空間の中で文化芸術活動を実施していくことをミッションとしています。実際には、1年目は新型コロナウィルスの感染拡大や立ち上げ期の整えのためほとんど動けず、2021年から実質的に文化事業のスタートを切りました。メインの事業は、アーティストの滞在制作と地域の文化活動支援の二軸です。滞在制作は、ほっちのロッヂにアーティストをお迎えし、主にケアスタッフの活動にスポットを当てる形で創作をしてもらっています。これまでに、ダンサー、写真家、サーカスアーティストなど、さまざまなジャンルから参加してもらい、この2022年度は作曲家、造形美術家、米国のビジュアルアーティストなどを迎えてきました。地域の文化活動支援は本当にいろいろな形があります。隣接する風越学園の学校医として連携している関係で、子どもたちのコンサートの音響を私が担当したり、企画制作の助言をしたり。また軽井沢には作家さんが多いので、そういった方を講師に迎えて子どもたちのアトリエ活動をしたり、まちに住む方の個展をお手伝いしたりと、いろいろなつながりから関係を結んでいます。

ほっちのロッヂほっちのロッヂ
 障害のある子もそうでない子もアトリエ活動に混ざる障害のある子もそうでない子もアトリエ活動に混ざる
 台所にはいつも美味しい料理やお菓子が台所にはいつも美味しい料理やお菓子が

アーティストを入れて場を開くことで価値観が変わっていく

カプカプさんではアーティストのワークショップはどんなふうにされているんですか?

鈴木 その前にお伝えしておきたいのは、うちは「アートが特別」みたいな感覚はなく、日々のすべてが表現だと考えています。だからこそ、メンバーの皆さんが存分に表現できるような環境づくりをいろいろと模索していて、その一環として絵本作家・画家のミロコマチコさん、文化活動家のアサダワタルさん、ダンサー・体奏家の新井英夫さんのワークショップをそれぞれ隔月でやっています。
 ミロコさんは東日本大震災の前後だったと思いますが、うちのメンバーでエイブルアート・カンパニー(障害のある人のアートを、デザインを通して社会に発信する組織)の登録作家である渡邊鮎彦さんの絵をご覧になって、彼と合同で展示をしたいと声を掛けてくださったんです。そこで良い関係が生まれ、カプカプに来てもらうようになって10年を超えました。ミロコさんは絵を教えるというよりも、描く楽しさを伝えてくれるんです。またメンバーさんがどんなことをやっても面白がる彼女の姿勢から、スタッフも学ぶんですね。「なんでも面白がっていいんだ」という空気で満たされていくと、学校の美術教育なんかで嫌な思いをした人、萎縮していた人が数年がかりで回復して絵を楽しめるようになる。
 アサダさんのワークショップでは「ラジオ」をやっています。といっても、配信などはほとんどせず、喫茶店内に流している程度ですが。うちではメンバー一人ひとりの好きなことややりたいことをなんとかその人の「はたらく」にしたいと思っているのですが、なかなかわかりやすい仕事にならないものも多くて。好きなアイドルやアニメの話をする人たちがいたり、その人の得意なことについてアサダさんが聞き出してくれたり。最近はよくファッションショーをやってますね、ラジオなのに。
 体奏家の新井英夫さんは体を動かすワークのためにいろいろな小道具を持ってきてくれるんですが、新井さんが呼びかけたことをせずに、楽器をいじり始める人がいても、新井さんは流れを強引に引き戻すのではなく、そちらに乗っていくんです。とにかく引き出しが多いし、パートナーの板坂記代子さんや音楽家のササマユウコさんもいるので、収拾つかなくなっても大丈夫だって自信がきっとあるんですよね。
 そのくらいの人たちじゃないと、お任せしたくない。私がすごいと感じるうちのメンバーさんたちに、渡り合える人じゃないと失礼だと思うんです。つまりワークショップはメンバーに何かを教えるのではなく、存分に表現してもらえる場。それによって一人ひとりを肯定できる場になっているんです。そして、ワークショップ以外の日、つまり日常でもそうあるために、そんなアーティストたちの感覚をスタッフに少しずつ体得してもらう機会でもあるんです。

店の壁にも描く(立っているのがミロコさん)店の壁にも描く(立っているのがミロコさん)
喫茶店内でカプカプラジオ(右端がアサダワタルさん)喫茶店内でカプカプラジオ(右端がアサダワタルさん)
新井英夫さんのワークショップ新井英夫さんのワークショップ

唐川 私もこの1年は、ケアに関わるスタッフにとって当たり前になっている感覚や表現をくみ取り、豊かにしたいという意図でやってきたので、お話を伺っていて共通したものを感じました。去年、身体表現者の小林三悠さんが滞在制作したときは、最初に過去の作品を再上演してもらい、それを見たスタッフが感想を伝える手段として、いつもの診療・看護スタイルで小林さんと話した記録をカルテに残してもらった んです。スタッフは舞台芸術に慣れていなかったり、参加型のワークショップも苦手な人が多いのですが、普段の自分たちの日常の営みが表現活動の一部になるとか、知らないうちに自分も表現していたとか、そういうことに気づけるといいなと思って行いました。

鈴木 そういう事業はスタート時から意図されていたんですか。

唐川 はい。私が軽井沢町に来る前に、滞在制作をやりたいということで事業提案していました。ただ、スタッフの価値観を題材にするという方針は、実際に現場が動き始めてから自然に生まれていきましたね。

鈴木 福祉よりも医療の方が地域に入り込みやすいかもしれないですね。わかりやすく誰にとっても必要があるという意味でも。

唐川 本当にそう思います。ほっちのロッヂでは外来もやっていて、乳児検診や予防接種で元気な子どもたちもやって来るし、いろいろな事情で学校に行けない子たちの相談も受けています。一方で、高齢で定期に処方されている方、だんだん状態が落ちてしまっている方、認知症の方、病院で手術を受けて家に帰ってくる方へのケア、お看取りまで、本当にいろいろな世代、状態の方と出会っています。

鈴木 いろいろ仕掛けされているのは面白いですね。障害福祉の事業所の多くは契約した10〜20名くらいのメンバーさんをケアすることだけが仕事だと捉える傾向にあります。実際に行政の実地指導や監査がそういう形態だからというのもあって。つまり地域活動などは行政にはほぼ評価されないんです。だから、やる気があるスタッフがいても次第にやる気が失せてしまう。医療も福祉も別に地域で面白いことを仕掛ける必然性はないですもんね。

唐川 そうですよね。制度に乗っかってしまうと、「やりたいけど、やらなくていいこと」が増えてしまう。その結果、場所が閉じていってしまう。ほっちのロッヂでは、いったん制度を気にせず、実験的に動いてみる場面も多いです。SNSや企画を通した情報発信も、その一環ですね。写真家の清水朝子さんの写真展をやったとき、スタッフが撮影した日常のスナップも一緒に展示したんです。外来で来られた方がそれらを見ながら「障害のある子たちはかわいそうね」と言っている横で、当の本人たちがめちゃくちゃワイルドに遊んでいたりする。そういう様子を見ながら私たちは「あそこで元気に遊んでるので、大丈夫ですね」みたいなコミュニケーションを取ったりします。そうした環境があるから、あまり場所が閉じていかないんです。

交換留藝(清水朝子さん)。スタッフ撮影によるスナップ写真の展示風景交換留藝(清水朝子さん)。スタッフ撮影によるスナップ写真の展示風景
交換留藝(清水朝子さん)。作品を見ながらスタッフ同士の会話やフィードバックがはずむ交換留藝(清水朝子さん)。作品を見ながらスタッフ同士の会話やフィードバックがはずむ

鈴木 とにかく出会わせたい。そのために場を開く。共感します。「障害者」という一般名詞ではなく、一人ひとりが固有名詞を持っているということを当たり前に知らしめると同時に、その「かわいそうね」と言っているおばあちゃんも固有名詞を持った人たちで、固有名詞を持った者同士として出会う。そうするとお互いにかけがえのない人になるんです。中原さんがウエハラさんの杖を奪って連れてきちゃうみたいな状態は、側から見ているとえらいことに映るかもしれないけど、お互いの関係が成り立っていることで違う見え方がしてくる。そういうことを体験してもらうためにほっちのロッヂやカプカプのような場があると思うんです。唐川さんのところは、短い期間でそういう場として機能しているって本当に素晴らしいですね。

アーティストにも福祉と出会い、かかわってほしい

鈴木さん、「障害福祉施設におけるアーティストとのワークショップ定着事業」について伺います。

鈴木 うちで10年以上やってきたアーティストのワークショップを外に広げたいということは以前から考えていました。厚労省が障害のある人の芸術文化活動の支援を行うために、各県に支援センターの設置を進めています(障害者芸術文化活動普及支援事業)。全国のセンターが集まる連絡会があって、うちの取り組みを2020年に紹介したところ、すごく反響が良かったんです。ワークショップというやり方を具体的にご存じなかった方もあったようです。また全国の支援センターは福祉が母体の法人が多く、芸術文化とのつながりが薄い。だからかもしれませんが、皆さんがイメージしていたのは「アールブリュット」のようでした。そのインパクトと成功モデルがあるので、「障害×アート」となると、美術展の開催が多い。施設としても美術は取り組みやすいみたいですし。逆にワークショップとなると人手もいるし、手間もかかるんですよね。ダンスや演劇といった身体表現系は、全国のリサーチから見ても障害福祉施設でほとんど取り入れられていない。特に演劇はセリフや段取りを覚えてやらなきゃいけないものだという勘違いで敬遠されていて。そこを変えていきたくて、ワークショップという方法を提案したんです。反響があったのにそのあともなかなか広がっていく気配がしない。それだったら実際に動き出した方が早いだろうということで、WAM(独立行政法人福祉医療機構)の助成金をいただけたので取り組んだわけです。劇作・演出家の岩井秀人さん、山本卓卓さん、益山貴司さん、振付家・ダンサーの白神ももこさん、アサダワタルさん、新井英夫さんに6つの施設に継続的に通っていただきました。各事業所の要望を聞く、アーティストの思いを聞く、双方をつなげるという作業はカプカプでやるとき以上に慎重にやりました。でも「スタッフの価値観を変える」など狙いは同じです。それで旭区の自立支援協議会でネットワークを培い一緒にやってきた施設に声を掛けました。どこもほとんどアーティストとの付き合いはありませんでしたが、そこにうまくつながれば、全国2万カ所以上ある障害福祉施設に普及させる可能性が生まれると考えたんです。

ワークショップを実施した施設とは、それ以前から「D-1グランプリ」を催されていましたよね。

鈴木 横浜市の旭区にはカプカプと同規模の事業所が50カ所くらいあります。ここでネットワークをつくる中で舞台表現の「D-1グランプリ」をスタートしたんです。各事業所のメンバーさんが集って、旭区役所にある公会堂のホールで歌ったり踊ったり何でもいいからパフォーマンスを披露するイベントで、7、8年開催してきました。それがコロナで難しくなったために、映像化して、どんどんYouTubeに載せていくことにしたんです。今まで「D-1」に出ていた施設の中には、映像がつくれないと言ったところもありました。でも、スマホで撮ってもらって、それをこちらで編集してなんとか形にして、なんとか開催にこぎつけました。やってみると映像は施設にも家族にも影響があったみたいなんです。そこに見たことのないメンバーさんたちの楽しそうな表情があることで、本人もやりたくなるし、なぜうちの子は出ていないんだと言い出す家族もいて、参加事業所も増えていきました。この業界には名前出しも顔出しもNGの人は結構いるんです。でもそこを少しずつ崩していきたい。障害があることを恥ずかしいと思わなくてよいんだという当たり前のことをだれもが当たり前に思えるように。撲たちがなんとしてでも一人ひとりを肯定しつづけることで、社会の雰囲気が変わっていくように。僕らはそういう思いで仕掛けてきました。

旭区の障害福祉のお祭り「あっぱれフェスタ」内で開催しているD-1グランプリ旭区の障害福祉のお祭り「あっぱれフェスタ」内で開催しているD-1グランプリ

ワークショップの手応えはいかがでしたか? アーティストも演劇界でも注目のメンバーでしたね。

鈴木 僕が「社会の価値観を変え得る表現」をしてきたと信頼している人たちから、各所の要望に合う人を選びました。あと意識的に、今まであまり障害がある人たちとワークショップをやったことがない人にも依頼しました。「ほわほわ」に入ってもらった山本卓卓さんはワークショップ中に岸田戯曲賞の知らせがあって、お祝いに「ほわほわ」のメンバーさんが書いてくれた手紙を届けました。授賞式で報告書も配布させてもらいました。「むくどりの家」に入った岩井秀人さんのワークショップには共同通信やNHKが取材にきてくれました。
 ワークショップについては私がレクチャーさせてもらったんですけど、「成果を出さなくていい」とか「ただ関係を結んでいくだけでいい」とか言ったら、最初は皆さん戸惑っていました。たとえば岩井さんは精神障害のある人たちの事業所で、毎回みんなの話を聴くんです。メンバーさんから出てきた「親と喧嘩した」とか「美容院でカットされてる間、なにをしゃべればいいかわからない」なんて話を「じゃあ、ちょっとやってみますか」なんて岩井さんが言って、スタッフも含めみなさんで再現してみるんですが、上演作品を目指すわけでもない。それでも、他者を演じてみることでやはり感覚が変わるんです。他者や世界の見え方が変わる。本当はカプカプでやりたいくらい面白かったですね。
 一方で、私としてはアーティストにも障害福祉との関わり方があるんだということを知って欲しかったんです。そのことで新たな道が開ける。厚労省の事業に取り組んだり、舞台芸術を推進している方々などには、そういう役割も期待しています。興味を持つアーティストさんには養成講座を受けてもらって、実際にワークショップを体験してもらう仕組みができれば、その壁はそんなに高いものではないと思ってます。

「むくどりの家」に伺った岩井秀人さん(左端のメガネの男性)「むくどりの家」に伺った岩井秀人さん(左端のメガネの男性)
「むくどりの家」に伺った岩井秀人さん(左端のメガネの男性)「むくどりの家」に伺った岩井秀人さん(左端のメガネの男性)

唐川 ワークショップの実践をまとめた冊子『ザンネンなわたしたちの世界を変える6つの試み』に、職員さん、メンバーさん、アーティストさんにヒアリングして、共通項を見つけてから企画をつくると紹介されていらっしゃいましたよね。そういう創作現場であればどんな人でも参加しやすくなるのではないかと思いました。私もこれまでの企画の中で、アーティストはアーティストとして、現場の人は現場の人としていつも通り活動してもらう中で何が生まれるかを模索しています。福祉現場でのワークショップとなると、アーティスト側も「何か役に立たなければ」というマインドが出てきてしまう。実際に、最近はアーティストが福祉現場、教育現場に入ることも増えていて、そういう場が増えればお金にもなるし生活もできるようになるかもしれない。けれど、「もともとコミュニケーション能力がないから自分には無理」というアーティストもいるはずなんです。私の考えでは、コミュニケーションができなくても、ただそこでひたすら版画を刷っている姿を見せるだけでも、パフォーマンスとして日常を変えるきっかけになると思います。重要なのは、その場に関わる人たちが何を持っていて、何がしたいのか、一人ではなかなか表現できないものをどうやったらみんなで実現できるかを共に考えることかなと。

交換留藝(野口桃江)_ロッヂに通っている方から信州に伝わる歌を習う交換留藝(野口桃江さん)。ロッヂに通っている方から信州に伝わる歌を習う
 交換留藝(野口桃江さん)。夏休みの子ども向けのワークショップを実施交換留藝(野口桃江さん)。夏休みの子ども向けのワークショップを実施

鈴木 本当にそうです。アーティストこそマイノリティですから。現代社会は生きづらいかもしれないけど、ワークショップはそれをひっくり返していこうという試み。だから共闘できるんです。「まどか工房」に入った白神ももこさんは今や「キラリふじみ」(富士見市民文化会館)の芸術監督ですけど、僕が彼女の作品を初めて見たときは、ダンスなのに舞台上でバレエに対する怨嗟をずっとしゃべってた。つまりファインアートのど真ん中を行けなかった恨みつらみから創作しているかのように見えました。でもそこから新たな展開を経て、今や子どもから高齢者まで地域でアートを使ったかかわりをつくっている。根っこにマイノリティとしての自覚があるアーティストと、障害がある人たちとの出会いには可能性があると思うんです。彼女らは非主流という意味で同じような扱いを受けてきている。白神さんもそれをしたたかにひっくり返してきた。障害のある人も「2軍」や「補欠」扱いで社会にいさせてもらってるわけではなくて、むしろ「こっちにこそすごさがあるだろう?」くらいのつもりで社会ごとひっくり返していきたい。単なるお教室じゃないワークショップでアートの力を使って一人ひとりをちゃんと肯定していく先にそんなことも可能になるんじゃないかと思っています。

マイノリティと言われるもの同士がタッグを組んで社会の価値観をひっくり返すというのはとても重要なことですよね。

鈴木 実は私も人とかかわれない人間だったけれど、本当に現場で変えてもらったんですよ。もちろん人とかかわれば嫌なことも面倒なことも起こるけども、その先がある。そう思えるようになったのはこの場があったからだと思います。芸術だけじゃなくて、日常のすべてが表現なんだということに改めて気づかせてももらった。極端なことを言うと、障害がある人たちは社会では役に立たないと見なされたり、表現も往々にして問題行動だとか言われちゃったり、厄介者として捉えられかねない。でもその余計と思われている部分に人間としての豊かさがあるのに、本当に「問題」を起こさないように見張って先回りして表現をつぶしていくことがケアの仕事だって勘違いされてしまうのは残念すぎる。この社会に「余計」とされる部分の豊かさを価値として認め、「この部分があってこそ、この人だよ」ということを世に知らしめていくというか、周りの人とつないでいくのが僕らの仕事なんですよね。その仕事を見えなくさせているのことこそが社会の問題ですね。

唐川 それこそ福祉はウェルビーイングのことですけれど、社会全体がウェルビーイングであるために、個々人の必要最小限のニーズだけにフォーカスしていればいいという考えは真逆をいっていますよね。

鈴木 そう、マジョリティの都合ですよ。「より効率が良い」とか「生産性が高い」とか、この社会で良いとされている価値観を守りたいんでしょうけど、それはマジョリティにとっても本当にそこまで「良い」ものなのかという話になると思う。これだけ自死が多い社会は何か問題があるはず。それは「良い」としている指標自体が狭すぎたり、どこか間違っているから、こんなにもしんどい人が多いのかもしれない。その被害をわかりやすく被っているのが障害のある人たちなんです。何かが違うってだけで生きづらさを抱えてしまう社会や、苦しめてくる因習なんかをぶち壊し、価値観を広げていくことで、実はマジョリティだと思っている人たちの生きづらさも減っていく、そっちの方に向かわないと社会はどんどん息苦しくなると思う。

唐川 アーティストをはじめ多様な人がケアの現場に混ざってくると、知識を持っていないからこそ、ケアの観点からするともしかしたら良くないこともやっちゃう。そしてそれがとても大事なことかなと思います。

 スクショツーショットスクショツーショット

鈴木さんは今後、どういうふうに動いていかれるんですか?

鈴木 カプカプは「アート系施設」ではないと言い続けていますが、アート系のトップランナーは必要だと思っています。いろいろなものを切り拓いて可能性を広げていくことは大切です。ただそれを見学した人が「うちにはできない」と落胆してしまう現状もある。それはそうですよ。そのことに特化してずっとやっているのだし、アートのためのスタッフも集めているわけですから。そんなふうにトップランナーだけがアートに特化するやり方ではアートを取り入れる施設の数は増えない。生活介護事業所だけでも日本に1万、就労系も含めれば2万以上あるんです。その福祉施設に税金が投入されていることはすごく大きなこと。各所にある数千万円規模の予算の一部を、アートによって障害福祉施設の日常を豊かにすること、すなわちアーティストによるワークショップに使おうという流れをつくりたいと考えています。実は今回のワークショップ企画を各所で実施するのにかかるのは、年間予算の1~2%に過ぎません。ギリギリで運営していてその1~2%も出せないなんて言われるかもしれませんが、アートを取り入れて環境を整えていくことで、メンバーさんがもっと通いたくなる施設になっていけば、回収するのも難しくないはずです。やらない言い訳をさせないくらいに、魅力的なお誘いをできるようになって、いずれこのワークショップを全国に広めていきたいと思ってます。
 日本の旧態依然の福祉の中で障害がある人たちは、ずっと「個々人に問題があり、それを社会に適応できるように指導してあげなくてはならない」というような扱いを受けています。「問題ではなく課題と呼ぼう」みたいに、表面的には差別的な言動はされなくなっているけれども、根底にある価値観は変わってない。その状況を壊すためにも遊びの部分、余計だと思われてる部分こそ、人間の大切なものなんだとちゃんと見えるようにしていく。そのときにアーティストの視点は欠かせないと思っています。ワークショップを通して、問題は個人ではなくて社会やわたしたちの価値観にこそあることに、まずは障害福祉に従事する人たちが気づいていく。ワークショップを広める過程で、つまらない施設が減って、否定される人が一人でも減ればいい。さらに障害福祉から新しい価値観が社会に広がっていき、世の中の生きづらい人が減っていくことこそ、僕らが税金でやってる意味かなと思ってます。

「長野県西駒郷」に行きました[座談会]小川泰生さん×片桐美登さん×長尾牧子さん

長野県西駒郷でのアートの時間の様子長野県西駒郷でのアートの時間の様子

駒ヶ根市にある障害者支援施設「長野県西駒郷」にはでっかいアトリエがあって、ここを中心に利用者さんの自由なアート活動が行われている。信州の障がいのある人とアール・ブリュットを掲げた「ザワメキアート」展でも多くの利用者さんが入選してきたし、駒ヶ根はもちろん伊那市や中川村の美術館など文化施設でも頻繁に展覧会を行っている。「長野県西駒郷」の特徴は、アート活動専門の職員が在籍していること。ある日、その活動の様子をのぞかせていただいた後で、職員の小川泰生さん、片桐美登さん、ボランティアの長尾牧子さんにお話をうかがった。

左から小川泰生さん、長尾牧子さん、片桐美登さん左から小川泰生さん、長尾牧子さん、片桐美登さん

皆さんがどういうご縁で西駒郷でアート活動のお手伝いをされるようになったのかから教えていただけますか?

片桐 僕はもともと駒ヶ根市の社会福祉協議会で仕事をしていましたので西駒郷とのお付き合いは長いんです。定年後、社会福祉法人長野県社会福祉事業団に再雇用していただいて、いくつかの施設を経て今はここにいます。

小川 片桐さんはご自分でも絵を描かれているんですよ、しかも地元の有名人です。

片桐 僕は水彩画、特に風景スケッチを趣味にしています。また福祉の仕事とは別に公民館や障がい者施設などで絵を教える活動もやっていました。

小川 僕らが入る前は1年ほど、西駒郷に美術講師がいなかったんです。たまたま片桐さんと同じタイミングで入ることができたので「盛り上げましょう」みたいな感じで活動が再始動したんです。

片桐美登さん片桐美登さん

小川さんはアール・ブリュットの作品に衝撃を受けて、それ以来ずっと興味をいだいていたんですよね?

小川 僕は美大を出て制作活動をしていたんですが、30歳ぐらいのとき、偶然入った「エイブルアート展」という展覧会でアール・ブリュットに出会い、驚くほど衝撃を受けたんです。その後、「ザワメキアート」の審査委員をされていた美術家の中津川浩章さんの活動をずっと見ていて興味を持ち続けていました。ただ興味はあっても仕事として就けるとは思ってなくて。それが妻の故郷に移住してきてその仕事に出会うとは思っていませんでした。本当たまたま求人を見つけてすぐに応募したんです。

小川泰生さん小川泰生さん

現場にはすぐ慣れたのですか?

小川 西駒郷はアートをやる利用者さんの人数が多くて、入れ替わりでアトリエにやってくる方式なんです。最初は利用者さんの特徴など覚えきれなくて、そのつどメモしてました。その人となりに寄り添いながら情報を得ることが重要だと思っていたんですが、コミュニケーション方法もわからずなかなか苦労しました。どんな内容を提供するべきなのか最初の2年は試行錯誤の繰り返しだったと思います。逆に今は慣れてきたせいか、活動内容のマンネリ化が自分の中での課題です。毎日活動があるので皆さんに楽しんでもらえるよう少しずつ変化を加えたいと思ってるんですが、なかなか。

片桐 僕は週に1回だから、そのあたりは見え方が違うかもしれません。こちらの利用者さんは重度の障がいを持つ方が多いので、小川さんが感じた戸惑いは僕も持っていて、どこをどう探ったらもっと豊かな表現になるんだろう、何を提供したらいいのかなと、普段からもがきながら試しているんです。

長尾さんはこういうお仕事に興味があったんですか?

長尾 アール・ブリュットは学生のときから知っていましたが、仕事としてかかわることはなく、私自身は20年前から子どもの造形に関する仕事をしていたんです。こっちに引っ越してきて、偶然、小川さんとFacebookでつながって、いつかどこかでかかわれたらいいなぐらいに考えていました。2020年の冬に誘っていただいて、実際に西駒郷のアート制作にかかわり始めたのは春先あたりからです。

長尾牧子さん長尾牧子さん

小川さんは西駒郷の職員というお立場ですよね?

小川 はい。僕は支援員という立場で、美術活動の支援がメインとなります。僕が所属しているのは日中支援課になるので、支援員は日中活動の全般的な支援をやります。僕もある程度はやりますが、基本的には専科活動の一つである美術の支援をやっています。片桐さんは美術講師という形で週1回来てもらっています。長尾さんはボランティアという立場ではありますが、かなり積極的にかかわってもらっています。

僕らは気持ちよく活動してもらうための場をつくっているだけ

アートの時間のときに気をつけているのはどんなことですか?

片桐 やっぱりついつい手も口も出しちゃうんですよ。すごく素晴らしい作品ができてくるから、利用者さんたちは作品とは思っていないかもしれませんが、もう一個ここにこういう色があったらいいなって自分目線で見てしまうんです。それは良くないなと。僕らが字を習うときに手本を見ながら書く、道具の扱いを教えてもらって使えるようになるのと同じような部分は必要ですけど、ある一線を越えると口は出してはいけないと思っています。けれど逆にお手伝いしないと止まってしまう人もいる。その見極めが難しいし、僕らの課題です。

小川 どうやって指導しているのか聞かれることあるんですけど、僕らは指導なんてできません。気持ちよく活動してもらうための場をつくっているというのが正確なところだと思います。何か提案しても受け入れてくれる人は少なくて、それこそ席に座る前に画材を手に取るぐらいの勢いですから。今日見学いただいたMさんも、大先生に対して僕ら3人がアシスタントについているような感じです。

長尾 あ、ホントそんな感じ!

小川 部屋に入ってきたらエプロンに手を通してもらえるように、僕らがエプロンを掲げて待つんです。その流れで筆をつかんで始まる。

長尾 私はその始まる瞬間がなんだか好きで、勝手にワクワクしています。

西駒郷のアートの時間西駒郷のアートの時間
西駒郷のアートの時間西駒郷のアートの時間
西駒郷のアートの時間西駒郷のアートの時間

アートの時間はどんなふうにスケジューリングされているんでしょうか?

小川 毎日午前中に1時間半、午後に1時間半程度の枠があります。障害の特性によってグループが分かれていて、参加できる時間数、日数も違ってくるんです。美術だけでなく運動と音楽もあり、時間数に個人差はありますが希望に沿って参加できるようになっています。

アート活動をする中で、こんなことがあったというエピソードはありますか?

片桐 それはもう毎日です(笑)。専門家の目から見ても何かやるのは難しいと評価を受けていた利用者さんが何かのきっかけで素晴らしい作品を生み出したときに、今度はそれを周りが評価するといった場に出会えるのが感動的です。そのことによって利用者さんも自己肯定感を抱くというか、もちろん言葉や理屈では言えないかもしれないけれど、顔つきや雰囲気で少し自信が出てきたのかなと感じとれることはよくあります。

MさんがアトリエにやってきたMさんがアトリエにやってきた
まずは下塗りからまずは下塗りから
 Mさんは一気に集中力を高めて描いていくMさんは一気に集中力を高めて描いていく
休憩中のMさんはひたすら紙を破きながらクールダウンしているよう休憩中のMさんはひたすら紙を破きながらクールダウンしているよう
休憩後に「ま」を描いてくれました休憩後に「ま」を描いてくれました

小川 実はMさんのグループは障がいが重い方々で、ほぼマンツーマンで支援をしています。まさに美術活動は難しいだろうと、もともとやってなかったグループでした。それがMさんをきっかけに僕らが時間をくださいとお願いしたんです。

片桐 Mさん、何か最近、自分の作品という意識が出てきている感じがします。

長尾 私が入ったころは、Mさんにはこちらがつくった絵の具を直接渡していたんですが、最近はつくり置いたたくさんの絵の具の中から、Mさんが使いたい色を選んでどんどん描いているスタイルになっていて。

小川 何かを考えたり計算をしてるのが時折感じられるんですよね。大体は「ま」という文字を描くんですけど、最近は色しか塗らない日があったりして。でもそれは「ま」を描くための下準備をしているんじゃないかという感じがするんです。まさに下地づくり。「ま」の描き方も日によって違ったり。そうやって制作内容に変化が生まれてきていますね。

※さんは描いてはねっ転がって休憩をするを断続的に繰り返していました※さんは描いてはねっ転がって休憩をするを断続的に繰り返していました
※さんはロックを聴きながらそのリズムに合わせて色をのせていきます※さんはロックを聴きながらそのリズムに合わせて色をのせていきます

片桐 Mさんは以前からボールペンで細々したものを描いていたらしいんです。それだったら何か表現できるかもしれないと思い、太い筆と墨汁を渡したところ、とても素敵な作品ができたんです。

小川 時間さえ設ければ表現が開花する人がいるかもしれないのに、いろんな理由付けをしてやれないのはもったいと思うんです。だからそこの兼ね合いを見ながら活動できないかを担当支援員に提案をしています。たとえば1日の中でも断続的に描く人もいる。そういう人のために決められた美術の活動時間でなくとも気の向いたときに制作できるような環境をつくってもらえないかとか。

片桐 僕らの経験からですけれども、重い障がいを持った人たちは表現ができないというのは、思い込みがほとんどだと思うんです。むしろ健常者と言われている人たちにはない、もっと鋭い感性だったり、いろいろな可能性はすごくありますよ。

小川 僕らのような専門職員がいることで、アート活動のボリュームが増えるメリットは当然あるんですが、利用者さんの行為を表現として見なすという視点が支援現場に加わるメリットもあると思うんです。ほかの支援員が気にしていないことが実は面白いと提案できたりするし、才能を発見することにつながる。そしてMさんのようにいい作品が生まれることで、ご家族に喜んでもらえたり現場の支援員の見方が変わってきたりします。そのときにアートの力を非常に感じますね。

片桐 そこからさらに一歩踏み込んで、生活レベルの支援のあり方が変わってくるともっといいんですけどね。さっきも長尾さんと話したんですけど、僕らが表現活動に携わるときに、僕らは1週間に1回のお付き合いしかないので、利用者の全体像を見ているわけじゃない。日常生活を支援している職員さんとアートを担当している職員が、一人の利用者さんを中心に、もっともっといろいろな情報を共有したり、やりとりができれば、利用者さんの力をさらに引き出せると思うんです。

西駒郷が地域に開かれた場所になるために、僕らはアートを通して力になりたい

2022年の西駒郷ほっと展より2022年の西駒郷ほっと展より
2022年の西駒郷ほっと展より2022年の西駒郷ほっと展より
2022年の西駒郷ほっと展より2022年の西駒郷ほっと展より

今後の夢も含め、課題だとお考えになっていることを教えてください。

片桐 将来のことですが西駒郷の建て替えの話があって、どういう活動をしていくか、新たな展開の計画を職員のみんなでつくったんです。

小川 現実になるかどうかはともかく、こういう施設がもっと地域に開かれた場所になっていくと良いですよね。まだまだ閉鎖的なイメージがあると思うし。

長尾 実現したらいいですよね。私は経験は浅いのですが、外から見ていたときは、施設の存在は知っているけど、中で行われていることは知らなかったんです。活動がわかりやすく伝わることで、新たな展開ができるように変わると思うんです。

小川 西駒郷としては地域に開かれた場所にしたい、地域貢献をしていきたいというスタンスなので、僕らはアートを通して何か力になれればと常々思っています。

長尾 地域貢献という意味では、持ちつ持たれつだと思うんです。地域の皆さんが支援してばかり、貢献してばかりというわけではなく、施設の活動から地域の人が受け取っているものもあるはずで。構えずに、これをやるから一緒にやろうといろいろなことがフラットになったらいいのになあと思っています。ここにアート制作のお手伝いに入って、小川さんと片桐さんが本当にそのフラットさを自然に違和感なくやってらっしゃる。なので私も最初から驚くくらいすんなりなじめたんです。その垣根のない自然なかかわりを、私も周りにつないでいきたいし、それをもっと周りに広げたいと、ここに来て感じています。

オープンアトリエ「風と太陽」オープンアトリエ「風と太陽」

月に一回開催しているオープンアトリエ「風と太陽」も地域貢献の一つなのですね?

小川 そうです。「風と太陽」は西駒郷の利用者さん以外もアートを楽しむことができるオープンアトリエです。障がいのある方で実際にやりたくてもそういう場所がない人もいれば、もっとやりたいという人もいる。そういう皆さんの受け皿になり、ゆくゆくはいろいろな人が集う居心地がいい場所になればというふわっとしたイメージで始まりました。すでに障がいがある方のご兄弟なども来ていて、一緒に楽しく過ごしたりしています。
うれしいのは長尾さんのように興味を持ってくださる方が増えていて、展覧会をやると、「どういう活動をしているんですか」「興味があるんです」と声をかけてくださる。障がいがあるお子さんがいる保護者さんから「活動できる場所を探してます」と相談をいただいたりもします。このまま活動を続けていけば、いろいろな人にかかわってもらえそうな段階には来ている気がします。

長尾 「風と太陽」の誰でもアートを楽しめる優しい雰囲気が私は好きです。「ここにいていいんだ」という気持ちが持てる心地よい居場所だと感じます。

オープンアトリエ「風と太陽」の風景オープンアトリエ「風と太陽」の風景
オープンアトリエ「風と太陽」の風景オープンアトリエ「風と太陽」の風景
オープンアトリエ「風と太陽」の風景オープンアトリエ「風と太陽」の風景
オープンアトリエ「風と太陽」の風景オープンアトリエ「風と太陽」の風景

次なる展開もお考えですか?

小川 中学校や高校に利用者さんと一緒に出向くワークショップをやりたいんです。美術部の先生ともつながってきていて、一昨年、西駒郷の利用者さんを講師として、片桐さんと中学校に行ったんです。バリバリ絵を描ける利用者さんなので、現場でデモンストレーションをやってもらって、2時間くらいかけて、みんなで大きな絵を描きました。作品だけ見るよりも、障がいのある人とコミュニケーションを取ったり、今まで自分が接していないような表現にも出会えたりするとちょっと豊かな時間になると思うんです。今後もやっていきたい。それから、利用者さんの作品が欲しいという方が増えてきていて、課内でも販売できるシステムをつくりたいという話は出ています。

片桐 今の画商を中心とした絵を売るシステム自体がいろいろ課題がある中で、そこに障がいのある人の作品を入れていいのかどうかという議論もあります。そういう意味では、本当にいいものとして、いろいろな人たちが手に取れるようなシステムを、障がい者の社会参加を含めて、大きく変えていかないといけないと思うんです。

長尾 海外にはアールブリュット専門の美術館とかあって、いい作品とどんどん出会えるチャンスがありますよね。

片桐 こういう施設がギャラリーとかアートミュージアムとかを持つことで示して行かれればいいなと思うんです。むしろ福祉という枠の中だからこそできることがあるはずなんです。

小川 そうやって美術だけでなく、音楽や身体表現などに楽しんだり取り組める場がたくさんできればいいなって思います。長野県全体、日本全体に。それが活性化すれば、いろいろな花が咲き始めると思うんです。

片桐 障がいを持っていても持たなくても、表現活動を自由に楽しめる社会になったらいいですよね。たとえば僕の教室に初めてきた人が、私は絵心がないと必ずおっしゃる。「絵心って何?」って。そうやって僕ら自身も表現活動への壁をつくってしまっている。むしろ西駒郷にいる人たちの方がそんなもの関係なくて、自由に表現している。逆に教えられることがたくさんあります。

長尾 誰でも自由な表現活動ができる場所があって、表現する人もそれを見守る人も楽しめる豊かさが広がっていくといいですね。

[対談]木ノ戸昌幸さん(NPO法人スウィング)×武捨和貴さん(NPO法人リベルテ)

京都を拠点にするNPO法人スウィングのホームページを開けると「生き方は、ひとつじゃないぜ」というメッセージが飛び込んでくる。そのほかのメッセージもストレートで親しみやすく痛快だ。スウィングでは「障害」「健常」「大人」「子ども」「男」「女」などあらゆる「枠」を超え、同じ時代、同じ社会に生きる人びとが多種多様な価値観のもと、出会い、関わり、支え合うことのできる社会環境づくりに寄与することを目的としている。既存の仕事観や芸術観に疑問符を投げかけながら、さまざまな創造的実践を展開・発信している。2021年3月には京都の民間劇場「THEATRE E9 KYOTO」で“Swing × 成田舞 × 片山達貴 展覧会『blue vol.1』”という企画を実施した。そのとき、「ちくわがうらがえる」というプロジェクトを終えて次なる展開を模索していた上田・NPO法人リベルテの武捨和貴さんが、京都に密航していた。そのときに感じたことをスウィング代表の木ノ戸昌幸さんにぶつけた。

木ノ戸昌幸さん

木ノ戸昌幸
NPO法人スウィング理事長。1977年生まれ・愛媛県出身。立命館大学文学部卒。引きこもり支援NPO、演劇、遺跡発掘、福祉施設などの活動・職を経て、2006年に京都・上賀茂にNPO法人スウィングを設立。既存の仕事観、芸術観を揺るがす創造的実践を通して社会をオモシロく変えてゆきたいと願ったり願わなかったり。単著に『まともがゆれる ―常識をやめる「スウィング」の実験』(2019/朝日出版社)がある。

 武捨和貴さん

武捨和貴
特定非営利活動法人リベルテ代表理事/スタジオライト施設長。1982年生まれ。長野県真田町出身。上田市在住。通信制の大学卒業後、地元のギャラリーに飾られていた作品に出会い、その作者が通っていた福祉施設「風の工房」に就職。2013年に退職し、同年NPO法人リベルテを設立。地域や社会とゆるくつながれる居場所やアジールとなる場所(共同作業所2.0)としての福祉事業と、障害が文化の起点や交差点となるという考えから文化事業を行う。

 “Swing × 成田舞 × 片山達貴 展覧会『blue vol.1』を行ったTHEATRE E9 KYOTO ©️成田 舞

Swing × 成田舞 × 片山達貴 展覧会『blue vol.1』
スウィングは京都・上賀茂にて13年に渡って「ゴミコロリ」と名づけた清掃活動を展開してきた。ゴミコロリに出動するのが『まち美化戦隊ゴミコロレンジャー』。しかし全員がゴミブルーであり、すれ違う人たちに強烈なインパクトを残してきた。 <「多文化共生」とはこれから目指す夢ではなく、既にあるもの>という仮説を出発点に、2020年から東九条にて11回ものゴミコロリを実施した。その過程で変わりゆく景色や関係性を切りとった写真、その写真をもとにスウィングのメンバーが描いた絵画、さらにその流れを追いかけた映像により、このプロジェクトを立体的に、多層的に映し出したのが『blue』だった。

武捨 上田市に犀の角という民間の劇場があって、そこで一緒に「リベルテの角」という喫茶をやっていたんです。それがコロナになって、リスクが大きくなる中で、リベルテの外の活動に関してコントロールがうまくいかなくなったところがありました。犀の角や街にリベルテを持ち込みたいという思いは変わらないのに、一方で考えていることが小さくなって施設を管理したいという気持ちも湧いてくる。つまりやりたいこととやっていることがちぐはぐになっていました。そのときに『blue』のことを聞き、車を飛ばしてこっそり伺ったんです。

木ノ戸 6時間かけて! こっそり(笑)。

武捨 はい(笑)。実は僕も学生時代を東八条、東九条あたりで過ごし、画塾にも通っていたんです。ところが迷ってしまい、「E9」を探しながら歩いてみると全然違う感覚になりました。赤いキムチ屋さんに『blue』の青いポスターが貼ってあるのを見て、最初は「ポスターがある」ぐらいでしたが、展覧会を見てから改めてキムチ屋さんの前を通ったときにいろいろな気持ちがワーッと湧いてきたんです。そこに至るまできっと試行錯誤があって、今ここにポスターがあるんだと。そのときに伺ってすごく良かったと思いました。

木ノ戸 あるとき、「E9」の支配人の蔭山陽太さんと芸術監督のあごうさとしさんがスウィングにいらっしゃって展覧会の依頼をしてくださったんです。僕自身が2000年ごろまで演劇をやっていて、劇場や舞台への思いはずっとあったんですよ。さかのぼると小学校時代から学校がつらくなって、その中でも楽しかったのが劇をつくることだった。あれより面白いことはなかった。

武捨 へえ、そうなんですね。

木ノ戸 だからお二人が来てくださったことがうれしかったんです。そのときに劇場でしかやれないことをと思いましたね。そして「E9」のある東九条が、いろいろな歴史を背負ってきた地域であることももちろん知っていたので、それを無視したことはできないと考えました。ただ僕は社会課題が顕在化しているところにアーティストや研究者などが寄ってくるのがなんか嫌で (笑)。スウィングにも福祉施設ということでへんな人がよく来るんですけど、大抵は断るんですよね。でも勝手に嫌悪感を抱くのはアカンし、じゃあ自分たちなりのやり方で街と1年間かかわる中で感じたこと、考えたこと、起こったことを見せる展覧会にしたいと考えたんです。

武捨 まずはゴミブルーのごみ拾いをやっていく中で生まれてきた何かを展覧会にしようと思われたわけですね。

木ノ戸 そう、何をするかは走りながら考えていこうと。どう走るかどうかかわるかはその後のことで、いろんなコンテンツを準備しましたが、コロナのおかげでほとんどができない状況になってしまった。そのときにゴミコロリの強さを再発見したんですよ。あらゆることができなかったけど、屋外だし、マスクしてるし、ゴミコロリはできた(笑)。東九条の方たちと話し合ってゴミコロリ、ゴミブルーに絞ってということになったんだけど、結果としてすごく良かった。ゴミコロリはできるんだ、イコール、ヒーローにはなれるんだ、みたいな(笑)。おかしな格好してゴミ拾いするだけなんですけど、東九条でも参加をしてくれる人がだんだん増えて、こんなふうにつながっていけるんだと思いましたね。もちろん僕たちだけの力じゃなくて、いろいろな人たちのサポートのお陰で。

 ゴミコロリの様子 ⓒ成田舞
 ゴミコロリの様子 ⓒ成田舞
 ゴミコロリの様子 ⓒ成田舞

武捨 実際やってみて、地域の人の反応はどうだったんですか?

木ノ戸 どう感じたかはわからないですけど、継続的にできることがあるというのは希望でしたね。劇場の人や東九条で働く人たちから、そういういい声をもらえました。ほんまに普通のことって強いなと。「E9」もほとんど止まっている状況でしたから。

武捨 僕らも2020年にやった「ちくわがうらがえる」では、もともとは地域の人と街歩きをしてリベルテを発見してもらうというイベントのつもりでした。オンラインでやることも考えたんですけど、最終的にはシンプルに展覧会をやったんです。今まで展示ではないもの、例えばゲストを呼んだトークイベントや犀の角での喫茶店などで人を巻き込もうと思っていたのが、展示を通して逆に見えてきたものがありました。日常的に生まれるもの、日常的にやってることに返っていくことが強いというのは、僕も本当に実感しました。

 「ちくわがうらがえる」の様子
 「ちくわがうらがえる」で地域の小中学生と制作した作品

木ノ戸 そして来年3月に第2弾の展覧会をすることが決まりました。そもそも一つの地域にかかわる期間として1年は短すぎると判断して、2年に設定をしたんです。でも最初は打ち合わせをしても、展覧会をするということへのモチベーションがすごく下がっていて(笑)。逆に言うと、東九条でやれていることの実感、出会った人とのかかわりの方が肌感覚としてすごく大事だったから、展覧会やる必要あんのかなという気持ちになっちゃったんです。まあ次第に、やっぱり展覧会っていいよねという話になって持ち直したところです。

武捨 僕も展示に関しては悩ましいんです。なぜかと言うと、気をつけないと「できてる人の発表会」になってしまう。一番悩ましいのは僕が施設の代表として作品をチョイスして並べたときに、自分が見せたいものと考えていることが相反してたりするんです。本当に面白がっているのはゴミとして捨てられてしまうような落書きだったりするんだけど、展覧会にするときれいな作品が並んでいる。もちろんお洒落して外向きの格好で出ることも大事ではあるんですけど葛藤はずっとあったんです。「ちくわがうらがえる」は5、6年ぶりの自主企画だったんですけど、計画ありきではなくやりながらイベントや展示などをつくっていったことで、それまでの葛藤を一回クリアでき、今はもっと現場のことを信じようとシフトしています。だから木ノ戸さんの葛藤はすごくわかる。いえ、勝手にわかっちゃいけないですね(笑)。でも『blue』を見たときに思ったのは、現地を歩くことで、映像や作品からフィードバックする感じがすごく良かった。こういうアプローチがあるんだと発見がありました。

木ノ戸 ありがとうございます。でも夏にするのは、ホンマに暑くて命の危険があるんですよ(笑)。

 blue vol.1 ⓒ成田舞
 blue vol.1 ⓒ成田舞

武捨 愛ですね。またみんなでやってるのが最高ですよね。こういう企画はどうしても職員や施設が前に出やすいじゃないですか。映像や写真に映ってるのはメンバーさんでしょうけど、みんなマスクをつけているので誰なのかがわからないのも面白いなと。リベルテも今ちょっとずつメンバーと一緒に外に出ていく、それも企画ではなくできることで出ていくことを試したり、地域の人と一緒にいられるようなことを考えてチャレンジしてるところです。

木ノ戸 リベルテ自体は街にすごく開いてるイメージがあるよね。

武捨 最初はメンバーに向けて開いているという感じで、外に出るときも施設が地域の人と一緒に何かをやるスタイルでした。リベルテは上田市内にアトリエを3カ所に増やしたんです。広いところは借りられないので、分散しているんですが、その小さな建物ごとにメンバーや街の人が交われるようにしたいと思っているんです。今は「roji」と呼んでいる建物の庭で植物や野菜をつくりたいというメンバーがいるので、そこに地域の人に入ってきてもらうということを試しています。その庭が街の人がわざわざサボりに来れる休憩場所になったらいいなと思って。コロナのようなときに、施設を閉じて来ないでというのではなく、緩く地域の中にいることが普通じゃないですか、と言えるようにしていきたいんです。

 リベルテの路地開きの様子
路地開きの進行状況路地開きの進行状況
路地開きの進行状況路地開きの進行状況

木ノ戸 リベルテがやってることも、公に対して開いていくというか、その場の公共性を高めていくアクションに見える。そもそもスウィングは公共の場であるはずだ、あるいは一人ひとりは公共の存在であるはずだと思っていて、公共性を高めていく、広げていく、自分たちの手でつくっていくことにこだわりを持ってやってきました。実はこの9月に図書館をオープンしたんですよ。

武捨 おめでとうございます。

木ノ戸 ありがとうございます。図書館をオープンするというよりも、スウィングの図書館化計画です。だから「スウィング公共図書館」と名づけたんですけど、NPO法人スウィングが新たな名前を持った、そんな感じです。だから全部が図書館です、今。

武捨 なるほど、面白いですね。

スウィング公共図書館の様子
スウィング公共図書館の様子
スウィング公共図書館の様子
 スウィング公共図書館の様子

木ノ戸 まだ数は少ないですけど定期的に子どもが来てくれて、ソファに座ってゲームとかしてるんです。本当にうれしい。見事に本は読んでないけど(笑)。

武捨 それはすごくいいですね。今、上田には株式会社の福祉施設が入ってきて、かなりしっかりした支援をされている。でも僕らはそこと同じことをやるためにNPOを立ち上げたわけじゃない。僕の場合も公共や福祉というものを割と真面目に考えてしまうんです。そもそも幸せを考えることが制度になっていて、制度に合わせて僕らが働くのではなく、もうちょっと幸せを広げていくというか、面白いことをしないといけないなと思いますね。今は庭とタバコ屋さんをやりたいんです。

木ノ戸 タバコ屋?

武捨 タバコと駄菓子を売っている場所をつくりたいんです。

木ノ戸 それは図書館と一緒のようなもんですよね。

武捨 そうです、そうです。必ず近所のおじいちゃんおばあちゃんが座っていて、子どもたちが来たら、話をしながら駄菓子をあげたりとかしてほしいんです。そういう空間がどんどん街になくなっている気がして。それはきっかけで、しゃべったりとか情報交換したりする空間が福祉施設なんじゃないかなって思うんです。

リベルテで定期開催しているゲーム大会リベルテで定期開催しているゲーム大会

木ノ戸 いや、ホントそう思います。NPOを選んでやってるわけだから、そこには理由があるはず。僕らも市民活動にこだわりを持ってやってきた。市民活動って相変わらず怪しいワードですけどね(笑)。福祉に関してもそう。制度の福祉と本来的な福祉を分けて考えなあかんじゃないですか。制度は制度でしかないのに、それが福祉であるかのように錯覚させられてしまっている。本質的な福祉は人間が幸せに生きる権利、そういうものじゃないですか。制度ができる前から福祉という考え方はあるわけだから。

武捨 そうですね。そうです。

木ノ戸 だけど制度の中の福祉をせなあかん、制度によって与えられた役割をせなあかん、制度によって規定された事業をせなあかん、そういう意識がすごく強くて自主規制をしてしまう場面にすごく出会う。でもその枠外にいつだって飛び出せるのに、やれることをサボっている感じがします。

武捨 木ノ戸さんが掲げる、「ギリギリアウトを狙う」のが一番面白いところだと思います。

木ノ戸 そうやね。ギリギリアウトって半分ふざけて言ってるけれど、それをせんとヤバいという自覚がある。一生懸命セーフゾーンを拡張していかないと、価値観が画一化して、もっともっと小さく収斂していってしまう。障害者の芸術活動とかも、なぜそれをするのか、なぜ発信していく必要性があるのか、そこがあまり考えられていないと思うんです。何がしたいんだという疑問がいつもある。例えば先日も、障害のある人の芸術活動に参画したいという人たちが来て、だけどハードルが高いからスウィングの実践について話してほしい、見せてほしいと言う。それはもうガチガチの福祉系の団体でしたけど、その人たちが言っている芸術というのは絵を描いたり、詩を書いたりということなんですよね。つまりすでに芸術活動をそういうものやと思い込んじゃってる。そんなわけないのに。

武捨 うん、そうですね。

木ノ戸 この人はどんな絵を描いて、どういう画材を使ってるとかどうでもいいやん(笑)。それを大事なことのように受け取られるのは、すごく怖いのでゴミコロリなどの実践も見せたいですって言いました。何をどうしたくてするのかが抜け落ちている。そして芸術に対するイメージがすごい貧困。

武捨 それがゴミコロリでも軽作業でもいいと思うんです。それもできてる、できてないじゃなくて、そこに「あなたがいるんだ」、「いていい存在なんだ」と言うことなしにして、生産性を上げるとか、芸術活動が素晴らしいとか言えないですよね。どうしたらそのことにぼくたちは触れ続けていけるか、触れてもらえるか、そのことに対する思いがあります。

 リベルテの武捨和貴さん

木ノ戸 先日、大手の新聞に“障害者のアートが注目されてるんだ”みたいな記事が載っていたんだけど、それを見ていたら、何が言いたいんだろうと心がチーンとしてしまって。障害者のアートが盛り上がってるらしい、それを伝えて何の意味があるんだろうか。

武捨 それで言うと、リベルテは盛り上がってるようなグループには入ってない感じもあって(笑)。

木ノ戸 うちもそんなに入ってないですよ(笑)。でも障害者アートが盛り上がってます、という伝え方ではいろいろ歪みが生じる。障害者アートが流行っているという論理自体がもう歪んでるじゃん。芸術がそもそも持ってる力とか、その力が持つ豊かさとか、それはもう障害者も何も関係ない。売れるとか売れへんとか関係ないじゃないですか。

武捨 そうですね、そうですね。

木ノ戸 人間が生きていく上で、その芸術表現の持つ力って普遍的で大きいんだということを伝えるならすごく納得がいくし、いろいろな福祉施設や障害のある人がそれを体現してると思うんです。今の障害者のアートの現状が盛り上がっているとするならば、優秀なアーティストが出た、作品が海外に評価されたとかじゃなくて、その人が人間らしく幸せに豊かに生きていく、その一つの重要な行為として芸術活動をしてるんだということの発信ならばすごく納得がいくし、僕らはそれをしていると思うんです。

武捨 またその人だからこそ出来ているということもあるはずなんだけど、障害者アートってひとまとめにした言い方をされると、とっかえひっかえできる印象になってしまいます。

スウィングの木ノ戸昌幸さん

木ノ戸 そのへんはマスコミの伝え方がやっぱり悪いと僕は思っているんです。もちろん伝え方も変わってきているとは思っています。スウィングは、なぜマスコミは障害者のアートというふうに表現せなあかんのかってことを問うているんです。スウィングを取材してもらった記事に難癖をつけて、「何なの? この見出し」とか言って。もちろんイチャモンを付けているわけではなくて、ほんまは整理して伝えるわけですけれども、例えば京都新聞さんはそれをすごく真摯に受け止めてくださっています。記者の皆さんに向けてレクチャーができるかもしれない。

武捨 すごいですね。それはどんなお話しをされるんですか?

木ノ戸 障害者のみならず女性や外国人とか、メディアに載るときに属性をわざわざつけられることに対しての違和感ですね。そろそろ伝え方の角度を変えていく時期だと思っていて。僕らも15年やってきて、いろいろな伝え方をされて常に違和感を持ってきたんですよ。その違和感をずっと口に出してきましたけれども、ようやく通じ始めたという実感はあるんですね。

僕のモヤモヤを聞いてもらっていいですか。ごちゃまぜの世界を目指すプロジェクトがあるとします。木ノ戸さんがおっしゃったようなスタンスでいたいんですけど、座談会をやるとしたら、「障害者の方を入っていただきたい」と言ってしまう自分にモヤモヤするんです。このサイトも、そのモヤモヤについてどう考えたらいいのかという思いで始めたところがあるんです。

木ノ戸 そのモヤモヤはすごく大事やと思いますし、簡単に解決しないと思うんです。だから白黒つけないで、モヤモヤし続けることだと思います。白黒つけようと思ったらすごく簡単。白黒つけないということは、ずっと動き続ける、変わり続けるわけで、すごく面倒くさいけれど、そのモヤモヤに対して、どう自分たちが振る舞えばいいのか、それを工夫し続けたり調整し続けることが大事なんやと思います。「今の表現の仕方は間違っているからこうします」と決めてしまうと、それも新たな固定化を生みます。だからほんとモヤモヤし続けるのが唯一の正しい姿勢だと思うんです。朝日新聞の多事奏論というコーナーに取り上げてもらったんですよ、今言ったようなことを。「障害者やのに」「女性やのに」という表現をしてしまう「やのに感」について朝日新聞が書いてくれたんです。ちょっとずつ変わってきてると実感できてます、少しですけどね。

武捨 木ノ戸さんはこれからどんなことをやっていきたいと思っていらっしゃいますか?

木ノ戸 スウィング図書館ができたことは地味なことですけど、図書館が自分たちでつくれるんだ、いろんな人が来てくれるんだというのはめちゃくちゃ大きくて。それも実は法律・制度から一切はみ出ることなくやっているんです。今までスウィングはゴミコロリや展覧会など、自分たちの文化を外に持ち出すような開き方をしてきたんですが、スウィングの場自体を開くことができなかった。15年前は図書館なんてまったく思っていなかった。そう考えると10年後にどうなってるかもわからないけど、今はフリースクールになっていればいいなと思ってます。学校に行きたくない、行きづらかったりする子どもたちのための場所になっていればスゲー面白いなと。

武捨 いいですね、面白いですね。リベルテもこの先、お金の回り方も、アトリエの回り方もこういうふうになるんだろうと見えてきたところでコロナになったんです。そこで改めて固定化されて普通になっていることでも、変わる可能性があると感じて、リセットして何か違うことを考える機会にしたいと思いました。今日お話を伺えて、すごく参考になりました。今やっている庭造りとかタバコ屋の計画も進めていけたらいいなと思いました。ありがとうございました。またお忍びで行きたいなって思っています。

木ノ戸 なに? お忍びじゃなくてもいいやん。

[対談]金井ケイスケ×川崎昭仁 パラリンピックから『Moon Night Circus』、そして多様性のある新たな社会へ

[対談]金井ケイスケ×川崎昭仁 パラリンピックから『Moon Night Circus』、そして多様性のある新たな社会へ

松本市在住のサーカスアーティスト、金井ケイスケさん。金井さんは長くスローレーベルの一員として障がいある方とのパフォーマンス作品を手掛けてきた方です。そして東京でのパラリンピックではサーカスシーンの振り付けとして開会式、閉会式にもかかわっていました。このクリスマスには「月」をテーマにしたサーカス公演『Moon Night Circus』を開催、パントマイムやジャグリング、ダンスに音楽と、さまざまなパフォーマンスが融合したステージです。そして開閉会式に出演したパフォーマーが数多く参加、そのお一人が、Streaming REDというバンドやソロで活動している“車椅子のギタリスト”川崎昭仁さん。お二人にパラリンピックのこと、『Moon Night Circus』のこと、これからの展望について聞きました。

金井さんと川崎さんの出会いは、どんなタイミングだったんですか?

川崎 もうパラリンピックの開会式のリハの時ですよね、国立競技場で。

金井 実は僕は2020年のパラリンピックのオーディションで川崎さんの存在を知りました。

パラリンピックにかかわったことでの気づきなどがあったら教えてください。

川崎 開会式で片翼のためにいつか空を飛びたいと夢を見、悩んでいた少女が、なかなかその勇気を持てずにいたけれど、いろいろ周りの励ましや後押しによって最後は飛び立っていくという設定でショーをやる、というお話を聞いたときは、正直よくある感じだな、ありがちなストーリーだなと思ったんです。その少女に勇気を与えるデコトラで登場するバンドに僕も出演していたわけですが、すごく高い評価をいただけたのは、その「ありがち」なのがわかりやすくて良かったのかな、って。それはどういう意味かと言えば、たぶん世の中の障害者へのイメージが、もちろん見下ろしているわけじゃないけれど、まだまだそういうものなんだろうな、時間がかかるなという思いはありました。

【NHK】「世界のホテイ全盲のギタリストらとデコトラで熱演 | 開会式 | 東京パラリンピック」より

今おっしゃったのは、障がいある方に対する見方がまだ、そういうステレオタイプなレベルで止まっているように感じられたということですか?

川崎 そうです。そう思うと、わかりやすいストーリーが良かったのかなって。

そこはまだまだ、社会が変わっていかなければいけないところですよね。そして川崎さんにとっても挑戦のしがいがあるというか。

川崎 そうですね。だからパラリンピックの閉会式にかかわれたことが、そういう意識を一つ上げると言ったらおこがましいですけど、多くの皆さんに理解してもらえるきっかけになっていたとしたら、すごくうれしいですね。

金井 川崎さんも言ったように、高い評価を得られたという手応えがすごくあったと思うし、やっぱりわかりやすさは多くの方々にメッセージを届けるためには必要なことなんだなって表現者としても、障害ある方と作品づくりをしている身としても改めた感じたことです。その一方で、日本では今回のパラリンピックが始まりとなって、その先に社会がどう変わっていくかが大事だと思いました。

川崎昭仁さん川崎昭仁さん

金井さん2021年12月24日、25日に『Moon Night Circus』を開催されるわけですが、東京でのパラリンピックにかかわったことが、このイベントにつながっている一つの理由でもあるんですよね?

金井 そうですね。やっぱり長野県で何かを、長野県で暮らし始めて出会った人たちと何かをやりたいなという思いは以前からあったんです。そのときに川崎さんと出会ったのはやっぱり大きなきっかけでもありますね。「あ、この人、長野に住んでるんだ。なんかイベントあったら一緒にやりたいな」って思っていました。

川崎さんのところに金井さんからご連絡があったときはどう思われましたか?

川崎 僕もパラリンピックの準備をしているときから、出演者やスタッフの方の中に、長野県から来ている人はどのぐらいいるのかな?ということが気になっていました。残念ながら僕自身はデコトラのメンバー以外のかかわりがほとんどなかったんですね。そんな中で金井さんが松本から来ていると聞いて、仲間がいると勝手に思ったし、すごく親近感を感じていたんです。やっぱり同郷の人は、同じ仲間でもまたちょっと違うところにあるじゃないですか。僕も東京などでいろいろイベントに参加したりすることもあるんですけど、地元長野に戻ってきて、またそのときの方々と何かやりたいなと思っていたので、その想いをさっそく形にしてくださって、誘ってくれたのはすごくうれしかったですね。

川崎さんは普段、アーティストとしてどんな活動をされているんですか?

川崎 一番多いのは学校などに出かけていって講演でお話ししながら、演奏もするみたいなことが多いですね。最初は真面目な、お堅い話もするんですけど、後半はロックの演奏で体育館が一気にライブハウスに変わるみたいな。今は(コロナもあって)こういうご時世ですから、観てくださっている皆さんも声を出せないじゃないですか。みんなが声を出せないぶん、俺たちが最高の音を出すから、一生懸命、手が折れちゃうくらいの拍手をしてくれよ!ぐらいに前もって伝えるんですね。先日うかがった中学校では、最後の曲になって我慢できなかったのか、教頭先生がステージのかぶりつきに飛び出してきたんですよ。それを見て、生徒の皆さんも「あ、行ってもいいのかな?」みたいな感じでぞろぞろやって来てくれて。実はコロナ前はそれが普通の光景だったんですけど、ここ1、2年はなかったので、ちょっとうれしかったですね。僕らも興奮しちゃいました。音楽ってそこまで気持ちを高揚させる力があったんだって、改めて感じて。皆さんも楽しかったと言ってくれました。そのほかにライブハウスで演奏したり、地元のイベントにも参加させてもらっています。

中学校で演奏する川崎さん中学校で演奏する川崎さん

金井さんは川崎さんの演奏、アーティストとしての魅力はどんなところに感じていらっしゃいますか?

金井 やっぱり全身全霊で弾いてるところですね。演奏しているんだけど、演出的な目線から言うと、演奏を超えて、それが身体の表現になっていると僕は思ってるんです。そこは川崎さんの弾き方の魅力でもあるし、それを素晴らしい武器にしていってほしいし、今回の作品では川崎さんの表現とどうギャップをつけるかみたいなことを考えますね。今回のお客様の中にも川崎さんの演奏している姿を見たことがない人がたくさんいらっしゃると思うんですよ。だから最初は車椅子の人が出てきたと油断させておいて、後半でギターを弾いたら「え、この人すごくない?」「とってもワイルドじゃん」という感じをつくりたいんです。川崎さんはミュージシャンではあるけども、同時にパフォーマーでもあると感じているので、今回はその幅の広さを引き出して、パフォーマーとしての魅力を目覚めさせて、咲かせてほしいですね(笑)。

ほかのパフォーマーの皆さんと関わる瞬間もあるんですか?

金井 いえいえ逆です。基本的には、ほかの出演者とかかわっている時間ばかりです。演奏で誰かとかかわるより、楽器を持たないでかかわっている時間が長いかもしれないですね。

川崎 最初にオファーをいただいたときは、ギターを弾くだけだと思っていたんです。いろんなことをすることに戸惑いながら、でも今はそれも含めて楽しんでいます。これまで何回もステージに立たせてもらってはいますが、ギターを持たずにというのは初めて。だからこそ、自分にこんな引き出しがあったんだという、うれしい発見をさせてもらっています。

 金井ケイスケさん金井ケイスケさん

金井さん、今回のステージはどんなコンセプト、構成でつくられるのでしょうか。

金井 基本的にはサーカス的なつくりにしています。サーカスってオムニバスなんですよね。でもバラバラに一つ一つの出し物、ナンバーがあるというよりも、あるテーマによってつながっている。その一つのテーマが「月」です。パラリンピックにかかわっていた皆さんもたくさん出ます。出演者は小学生から50代の方々もいますし、ジャンルもいろいろです。そして川崎さんは車椅子で登場してくださいますが、ほかの健常者と言われる人たちは初めてのチャレンジをしてる人たちがたくさんいます。そういうメンバーの良いとこ取りをするのが演出としての僕の役割。それぞれの良さを抽出させてもらった、一番美味しいところばかりで舞台をつくりたいと思っています。

川崎さんはほかのアーティストの皆さんとの共演は刺激になりますか?

川崎 そうですね。今まで客席から見ていたようなパフォーマンスを、同じ舞台で、しかも真横でやっているので、迫力が違いますよね。

川崎さんの音楽の見せ場は、子どもたちがかぶりつきで盛り上がっちゃうようなシーンが一つの見せ場になったりするんですか?

川崎 そうですね。一応、座席は決まっていますから、気持ちがステージの真前に来てしまうくらいの、惹きつけられるような演奏ができたらいいなとは思っています。

ライブハウスで演奏する川崎さんライブハウスで演奏する川崎さん

川崎さんは普段は長野県の福祉協議会で働いっていらっしゃるんですよね。今後こんなことをやっていきたいなど夢や野望があったら教えてください。

川崎 僕は福祉教育と言って、子どもに限らず大人にも、共生や多様性、福祉の心などを学んでもらうことを推奨する仕事をしています。僕自身を見てそういうものを感じてもらうことももちろんですが、それよりも身近にいる人を思いやることが福祉の心の基本だと思います。人と人とのかかわりの中で、そうしたものが生まれていけばいいなと思っています。そして福祉と言うと堅い印象があるかもしれませんが、講演やイベントにも、少しずつ柔らかくて、新しさを取り入れながらやらせてもらえればと思っています。そこが公的な組織にいると実は難しいんですよね。

川崎さんは、お仕事中も金髪なんでしょ?

川崎 そうです。これもすごく言われたんです。入社するときに「黒くしてきて」と言われて、一度は黒くしたんです。でも1カ月くらいで金髪に戻しちゃいました。

いや、そういう一歩が大事なんですよね。

金井 大事です。
川崎 就業規則に書いてあるからと言われたんですけど、どこにも書いてなかったので、上司の方と「多様性を謳っているところが、なぜ金髪がダメなの?」と言った言い合いをして今に至っています。

長野市には覆面議員さんもいますしね。

川崎 グレート無茶さんですね。はい。

金井 へえ、そうなんだ。

金井さんが演出したSLOW CIRCUS PROJECT『T∞KY∞(トーキョー)〜⾍のいい話〜』金井さんが演出したSLOW CIRCUS PROJECT『T∞KY∞(トーキョー)〜⾍のいい話〜』

金井さん、今後、県内でどんな活動をしていきたいと考えていらっしゃいますか。

金井 いろいろやりたいことのイメージはあるんですけどね。実はそもそも自分がプロデュースして公演をするのも『Moon Night Circus』が初めてなんですよ。おかげさまでチケットは完売になりまして。とてもありがたいことです。これからも県内で、劇場は敷居が高いと思っていらっしゃる方々、劇場から足が遠のいてしまった方々、なかなか劇場に来られない方々、そして子育て世代の方々にも、いろいろな文化芸術に触れてもらえるような機会、入口を増やしていかれればいいなと思っていますね。
また障害のある方たち、多様な世代、プロとアマチュアが混ざったようなものだったり、それこそスローレーベルが首都圏でやってるようなソーシャル・サーカスなどの活動も、スローレーベルと一緒にコラボレーション的に実施できたらと思っています。

川崎さんと金井さんのパワーでどんどんことを動かしていかれたらいいですね。

金井 そうですね。川崎さんは福祉と音楽の融合を体現する存在でいらっしゃいます。文化芸術と福祉、あとスポーツなんかも混ざったようなこと、それこそサーカス的なことができれば、いえやりたいと思っています。

金井ケイスケさんと川崎昭仁さん

[対談]須長檀さん×塚元恵さん(RATTA RATTARR/ラッタラッタル)

RATTA RATTARRのクリエイターさん、アトリエリスタさんRATTA RATTARRのクリエイターさん、アトリエリスタさん

問題解決をすることがデザインの役割だとしたら、福祉はすごく価値ある問題を持っているし、それを解決することは良いデザインを生み出すことにつながる

障害のあるクリエイター(福祉サービスの利用者)さんたちが描いた個性的で魅力的なデザイン原画を使い、洋服、文具、雑貨などを製作することで、彼らの自立支援を実施しているデザインブランド「RATTA RATTARR(ラッタラッタル)」が軽井沢にあります。アトリエではクリエイターさんたちがデザインや織物を創作し、敷地内にはオリジナル商品を扱うショップ、週末営業のレストランも併設。オリジナル商品は長野県立美術館や上田市美術館のショップなどにも置かれ、また江崎グリコの商品パッケージ展示企画、仙台銀行の創業70周年記念ポスター、松本十帖の浴衣、新潟のダンスカンパニー「Noism」の舞台衣裳などなどにそのデザインが採用されています。クリエイティブ・ディレクターの須長檀さん、アトリエリスタ(支援員)の塚元恵さんにお話を伺いました。

「RATTA RATTARR(ラッタラッタル)」
2022年日めくりカレンダー

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デザインや織物をここまで専門的にやっている施設は珍しいと思います。立ち上げの経緯から教えてください。

須長 運営している会社は株式会社チャレンジドジャパンといって、障がいのある方の就労支援事業所をいくつも運営していますが、軽井沢だけは少し違った方針を採っているんです。私は家具のデザインが専門ですが、きっかけはチャレンジドジャパンの代表から「就労支援だけではできないことがある、デザインとクラフトで障害のある人の支援ができないか」という話をいただいたことです。それまで障害のある人とは話したこともないほど接点がありませんでした。私はスウェーデンでデザインのベースを学んでいたのですが、フォルムヴェルクスタンという、プロのアーティスト、デザイナー、クラフトマンが支援し、デザインとクラフトをやっている作業所があります。チャレンジドジャパンの方々といろいろな施設を見て回って、1年くらいかけて、一緒に基本となるアイデアを考えるなどの準備をし、2016年に軽井沢にラッタラッタルを開所しました。ここはデザインとクラフトの二つの柱があり、デザインは商品の原画のもとになる絵やパターンを描く、クラフトはスウェーデンの伝統的な織物を織る、その両方を利用者の皆さんに取り組んでもらっています。デザインは自由創作ができる、クラフトは順序よくつくっていくという意味で、同じクリエイティブな作業でも相反する要素があることがポイントです。

クリエイティブ・ディレクターの須長檀さんクリエイティブ・ディレクターの須長檀さん

塚元さんはどういう経緯で関わられるようになったのですか?

塚元 私は女子美術大学の工芸科で伝統工芸、染色を学んでいました。その後、須長が軽井沢で開いている家具屋さんに勤めていたのですが、こちらで「衣装を手描きでするお仕事をいただいたので手伝ってほしい」と言われてやってきたんです。そのときに私自身のやりたいことに近いと感じて転職させていただきました。私はアトリエリスタという支援者の一人で、ほかにデザインとクラフトのスタッフ、福祉専門のスタッフ、ビジネスマナーや就労以降を担当するスタッフと、全部で7人で運営しています。

 アトリエリスタ(支援員)の塚元恵さんアトリエリスタ(支援員)の塚元恵さん

須長 それぞれスタッフは幼児教育の美術、染色、服飾と専門をもっていますが、もちろんそれだけではなく、いろいろなことに関わってもらっています。そして私が全体を見ているという体制になっています。

利用者さん、つまりクリエイターさんは何人くらいいらっしゃるのですか?

塚元 登録が30名です。こちらに週一回いらっしゃる方もいれば、毎日いらっしゃる方もいます。それでも随時20名くらいはいるでしょうか。皆さん、基本的には小学校の図工、中高の美術を経験されているくらいで、専門的な心得がある方はほとんどいらっしゃいません。軽井沢周辺の方が多くて、遠くは佐久市あたりからいらっしゃっている方もいます。また最近は、東京などから移住してでも通いたいというお問合せもいただくんですよ。

利用者さんには時給とデザインのロイヤリティという形で支援

こちらの事業所は、運営に関して、クリエイターさんに対して、それぞれ金銭的にはどのように回っていらっしゃるのですか?

須長 当然ですが、ここは利用者さんが通っていらっしゃるわけですから、事業所としては持続可能でなければなりません。考えて、つくって、販売して、卸しもして、外部からの仕事も受けてというやり方を採用しています。ですからオリジナル商品の価格設定も最初から卸しをするという前提で決めています。今では美術館で販売していただいたり、全国のポップアップショップやギフトショーに参加させていただいています。とは言え、当初から順調だったわけではなく、つらいときもチャレンジドジャパンが何も言わず、辛抱強く見守ってくれていたんです。

塚元 ここは就労継続支援B型を主とした事業所ですので、利用者さんに対しては、お仕事としてデザインを描いていただき、織物を織ってくださることに対して時給をお支払いします。それに加えて、デザインが商品に採用されたクリエイターさんにはロイヤリティという形で還元しています。ただし、報酬に関してはまだまだ伸ばしていく余地があります。もっともっと商品開発をして、発信して、売り上げを伸ばすなどして、ロイヤリティの部分を増やしていくことで、クリエイターさんたちのさらなる助けになっていきます。

須長 デザインのロイヤリティは、オリジナル商品でも、クライアントからの依頼でも、採用された方に、商品ができた時点でお支払いしています。中には売れっ子の方もいらっしゃいますが、全体を見渡すとどうしても支払額の凸凹はできてしまいますね。ラッタラッタルとしてオリジナルの商品を製作するときは、できるだけクリエイターさんの皆さんにと考えてやっているんですけど、クライアントさんの場合は、私たちが選ぶのではありませんから、どうしても偏ってしまいます。

塚元 たとえばオリジナルのハンカチをつくる場合は、全員の作品を採用します。福祉的な視点からは販売の機会は全員公平にということもありますが、一方で公平にするからには皆さんにあるレベルに達していてほしいという願いもあります。そこは日々の訓練の中で引き上げられるように私たちも頑張りますが、クリエイターさんたちにも仕事として責任とプライドを持っていただかなくてはなりません。ですから、これは素晴らしいデザインだからもう一回大きく描いてください、繰り返してください、ここを修正してくださいというリクエストを出すようにしています。

須長 オリジナルの商品の利点という意味では、種類をたくさんつくることで、クリエイターさんの多様な作品を活用できるところがあるんです。子どもっぽい絵しか描けない方がいても、それが子ども服をつくるときには武器になったりする。線画ばかりで色を使えない方の絵は、器の模様だったらむしろ映えたりする。いろんな画風の方に対応できる多様な商品を持つことで、価値観の幅が広がります。そう言った対応ができるところがデザインの面白さであり、可能性だったりするんです。

「発見」は僕らにとってすごく大事なキーワード

利用者さんが、描けるようになるまでは、苦労があるのではないでしょうか?

須長 おっしゃる通りです。最初から描ける方はなかなかいらっしゃらなくて、毎日アトリエで描き続けることで、皆さんの才能が開花して、どんどんいいものが描けるようになっていくということですね。

塚元 新しいクリエイターさんが入られると、まず、こちらの雰囲気に慣れていただかなければなりません。その上で、仕事でやっていただきたいことを、それぞれの方に一つひとつお伝えします。それは学校のように一斉に行うわけではありません。クリエイターさんによって障害の種類や特性、これまでの経験も違いますし、作業のペースも、できることも違うので、お一人ずつ丁寧にお願いして、少しずつ目標を高めていくことになります。もちろんクリエイターさんの方でも「私はここで何をすればいいんだろう」と思われているでしょうし、私たちもこの方にはどういうことを提案したら気持ちよく、創作してもらえるかを探りながらという感じです。

仙台銀行のポスター仙台銀行のポスター

須長 この方にはどういう話しかけ方をしたらいいだろうか、この方はどういう作風なのかなどを我々が見極め、利用者さんと時間をかけて信頼関係を築いて、その後でそれぞれに合ったオファーをしていかないとうまくいかないんです。ですから新しい方との信頼関係を築くのに数カ月はかかってしまいます。また画材によって可能性を広げることも支援の一つです。ペンを使ってすごいスピードで描く方には、1枚を丁寧に仕上げてもらうために、描きにくい画材を渡してみたりもします。逆に1時間に1センチのスピードで丁寧に描く方には、絵の具やインクのように広がりやすい画材を渡したりもします。早く描くのもゆっくり描くのもその方の個性ではありますが、それだけでは可能性が広がらない。画材を変えるだけで生まれる皆さんの中での発見を完成してもらいたい。また発見は僕らにとってすごく大事なキーワード。そうやって作業や作品を通していろいろなコミュニケーションをする時間が大事なのだと思います。

塚元 いずれにしても信頼関係があれば多少すれ違いがあったとしても、再トライしてもらうこともできる。そこがないと何をやってもうまくいかないので最初がやっぱり大切かなと思います。

須長 つまり答えがないんですよ。お付き合いする中でこの人の才能が一番発揮されるのはここだということを我々がかぎ分けていくみたいなところがあります。だんだん慣れてうまく回り始めると、今度は逆にいい意味で私たちを裏切ってくれる作品が返ってくることもありますね。期待していたことじゃない方向でもっと素晴らしい作品が生まれるのは楽しいですね。

塚元 それはたぶん日常で見ているもの、感じることがスキルになっていくのだと思います。すごく成長する方もいれば、マイペースな方もいらっしゃいます。でもそこは強制するわけではなく、まずは仕事としてしっかり向き合ってくださっていただければいいと思っています。

須長 そういう意味では、私どものクライアントさんも、そのことを理解してくださっている方々ばかりです。最初から答えをもってきて「こういうものを描いてくれ」というのではなく、逆に考えもしなかった提案が返ってきて「面白いですね」と言ってくださる。「長野県」というテーマで虫の卵を描いたり、リンゴがメガネになっていたり、そういう驚きが面白いから商品化しましょうと言ってくださる。プロのデザイン事務所の提案ではできないユニークな答えを楽しんでくださいますよね。それは本当にありがたいと思います。

大きく有名になることより、皆さんが安心して来られる場所として、自分たちのやり方を磨いていきたい

今の仕事にどんな魅力を感じていらっしゃいますか?

塚元 私はここに来て3年が過ぎましたが、私が来たころは本当に目も合わせられなかった方がだんだん自信を持っていろんな方と交流して、就職したいと言ってトレーニングを積んで、先日、就職してここを卒業されたんですよね。そういうお手伝いができると良かったなって思います。その瞬間に立ち会えることは、私にとって作家として一人でつくっているよりも何倍も幸せを感じられるんです。皆さんすごい人たちなんですよ。皆さんここにいるときは安心しているように思います。全然お話せずそこにいるだけだったりする方でも、ほかの皆さんと一緒の時間や空気には触れていたいと思っているのかなと感じることもあります。
 2021年5月に『ラッタラッタルのしごと』展をやったときも、みんなで準備したんですけど、すごい感動してくださいました。「文化祭の準備してるみたいです」「こんなすごいことになっちゃうんですね」と喜んでくださって。大人になってから仲間と一緒に何かを行うという経験ってなかなかないと思いますが、だからクリエイターさん同士仲が良くてありがたいです。

須長 工場のラインとかの仕事では弱みになることが、ここでは強みになっているんですよ。人と違うことをすること、マニュアル通りにやらないことが新しい表現としてすごく強みになったりする。利用者の皆さんにとって今まで抑制されていたことが、ここだとすごい才能に変わる。そしてそれが皆さんの支援につながるのはすごくうれしいですね。

 

ラッタラッタルではどんな未来を見たいと思っていらっしゃいますか。

須長 時々スタッフのみんなと話すんですけど、最初のころは大きくしたいとか有名になってという目標がありましたが、今は皆さんが安心して来られて、いいものが生み出せる素敵な場所にしていけたらと思っています。クオリティを落としたくないと思っているので、このくらいの規模で長く続けられたらいいねと。最初のころは世界的なテキスタイルメーカーとかアパレルメーカーに負けちゃいけない、そこまでレベルを上げるんだみたいな気持ちがあったんです。でも今はそうではなく、むしろここのやり方、この方法をより磨いていくことで、いろいろなデザインの選択肢の一つとして、結果的にほかのデザイン事務所やブランドなどと肩が並べられるようになっているという気がしています。
僕はデザインの仕事をしていて感じるのは、問題解決をすることがデザインの役割だと定義した場合に、福祉はすごく価値ある問題を持っているし、それを解決するということは、いいデザインを生み出すことにつながっていく。デザインと福祉はもっともっといろんな可能性があるし、いろいろなデザイナーがいるので、もっとさまざまな解決方法を生み出せるんじゃないかなと思ったりしています。そういう意味で福祉とデザインはとても親和性があると思います。

RATTA RATTARR
軽井沢町長倉957-63
Tel.0267-31-5181
https://rattarattarr.com/

[インタビュー] 弁護士・宮井麻由子さん シンポジウム「性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくる」を語る

2021年9月24日(金)に、関東弁護士会連合会の主催で、「性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくる ―人権保障のため私たち一人ひとりが何をすべきか―」と題したシンポジウムが開催されます。2021年の同連合会による定期大会の幹事は長野県弁護士会。付随するシンポジウムを、安曇野市を拠点に活動する弁護士、宮井麻由子さんを中心にプランニングされています。準備に忙しい最中、宮井さんに話を伺いました。

トランスジェンダーの問題にこそが法律家が果たすべき役割がある

この定期大会は企画としてはかなり大きなものになるのでしょうか?

宮井 そう思います。関東弁護士会連合会は関東地方と甲信越、静岡と、13の弁護士会が毎年持ち回りで、つまり13年に1回、各県で行なうものです。定期大会の午前中にシンポジウムを行うのですが、たとえば2020年はオリンピックがあるということで、スポーツのことを取り上げました。ほかにも災害のこと、子どもの権利のことなど比較的、先進的なテーマを扱っています。長野県の弁護士会では2020年3月くらいからテーマを募り、「LGBTをやったらどうか」ということで、私が企画書を書くことになったのですが、内容をトランスジェンダーに絞って提案を出しました。その企画案が無事とおりまして、そのまま本編にも参加し、1年間かけて準備をしてきたわけです。

宮井先生はかねてから「LGBT」「トランスジェンダー」などに取り組みたいと考えていらっしゃったのでしょうか?

宮井 そうですね。当初はぼんやりと思っていた程度でしたが。私が弁護士になったのは10年前、2011年ですが、当時はまだ「LGBT」という言葉自体が浸透していませんでした。テレビでも最近は露骨なのはさすがに減ってきましたが、以前は保毛尾田保毛男などのキャラクターが普通に登場していましたよね。弁護士同士のお酒の席でも残念ながらホモネタで笑ったりする光景もありました。私はまだ弁護士としての土台が何にもないころでしたから、周囲から見ると変わったテーマに取り組む勇気はなく、まずはマチベン(町医者のような弁護士)としての日常業務をしっかり覚えて一人前になろうとしていたんです。マチベンの業務は実はすごく大変で、奥が深い。そういう意味ではまだまだ私は半人前。でも平成27年が大きかったんですね(「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」/「世田谷区パートナーシップの宣誓の取扱いに関する要綱」に基づくパートナーシップ宣誓書受領証を交付)。長野県の弁護士会にも「LGBT」という言葉が入ってきて、そのうち始める方が現れるだろうと思っていたのですが、なかなかそうした動きはありませんでした。その状況を脱したいと思い、本格的に勉強をし、外向けに「私はLGBTをやっています」と発信するようになりました。その中で、言い方に語弊があるかもしれませんが、トランスジェンダー(性別違和をもつ人びとの総称)の問題こそが法律家が果たすべき役割があるとわかってきたんです。

それはどういうことですか?

宮井 比較してはいけないんですけど、シスジェンダー(生来の身体的な性別と自分の性認識(性自認)が一致している)のLGBの場合、差別されるとか理解されないとか言った部分はトランスジェンダーと共通します。ただ制度の問題として考えたとき、究極的には、誰が好きかということや、同性のカップルであっても婚姻を認めるか、家族として認めるかということに収斂していくんです。いろいろな考え方がありますが、同性婚を認めても世の中が困る、誰かが困るということはないので同性婚は認めるべきでしょうという結論にたどり着きます。しかしトランスジェンダーは、性別欄の問題から始まって、銭湯やトイレの問題、健康保険制度の問題などさまざまなことが絡んできます。極端な例ですが、刑事収容施設の話などになるとなかなか一筋縄ではいかないんです。性自認を尊重しましょうと言っても、完全に身体が男性の人を女性の刑務所に入れて大丈夫かなどの問題です。トランスジェンダーの問題は日常的で多岐にわたるため、一つ一つの話はあまり本格的に検証されていないところがあり、そのことにずっと違和感がありました。そういう課題を定期大会のシンポジウムで取り上げたいと考えたわけです。

顕在化しにくいところに多様な問題があるんですね。

宮井 もともと見えにくいマイノリティであることが特徴の一つだと言われるのですが、本人が言わない限り周りにはわかりません。多くの方々にとって同性愛やトランスジェンダーの人が自分たちと同じように普通に生活していることは知る機会が少ないのに、一方で、テレビなどでは気持ち悪がったり面白がったりの対象としてしか表現されていなかったから、当事者は余計に言えなくなる状況があるわけです。それがアメリカでは裁判によって全米で同性婚が認められたし、平成27年に渋谷区と世田谷区、今は松本市でもやっていますが、自治体のパートナー制度が始まったことで可視化されてきました。そのあたりからカミングアウトする人も増えてきた。もちろん昔から表明している人もいますが、大きな意味での傾向としてはこの6年くらいのことなんです。

法律家の力を使った上できちんと問題を整理して顕在化させる このイベントはその一歩目です。

このイベントの設計図はどんなふうにつくられたのですか?

宮井 13の弁護士会に募集をかけて、それぞれの会からこのテーマに詳しいメンバーを推薦してもらうんです。全部で8部会あって40人くらいが携わっています。長野県からは7人だったかな。一応、この問題この問題というふうに投げて、部会数が多いからこれとこれはくっつけた方がいいかななど議論もしましたが、関連はあってもそれぞれ重い問題だからくっつけられないということで最終的に8部会になりました(下記参照)。私は医療の部会長になりました。1カ月に1回の全体委員会で報告を開きましたが、知らないこともいっぱいあったし、知らない判例もあって非常に学びが多かったですね。

宮井先生の関わった医療の問題はどんな内容なのでしょうか。

宮井 ホルモン療法に関する問題ですね。たとえば生まれたときの性別が女性だけど、自分としては男性だという意識があるFTMの場合、男性ホルモンを体内に取り入れることで身体を男性化させるんです。それは1回数千円、3、4週間に1回の割合で行わなければならないのですが、健康保険がきかないために経済的な負担が大きい。また健康保険じゃないからお医者さんも積極的にこれを勉強しようと思わないみたいで、なかなか医療にも普及しない。それをどうにか保険適用にならないかということが問題意識の一つです。またその薬自体が薬事承認されていないなら仕方ないんですが、コロナ禍でインフルエンザ用の薬がコロナに効くのに使えないみたいな話があったのと同じで、男性ホルモンは、身体も心も男性、精子が少ないシス男性が男性不妊症だったりする場合は健康保険で打てるのですが、それを性同一性障害で女性が打つ場合は保険がきかないんです。それも自己負担になってしまう。でも関連する法令を調べても、なぜそうなってるのかわからず、厚生労働省に聞いても答えを得られなかったんです。もう一つすごい大きな問題としては、性別適合手術です。性別適合手術は平成30年に条件は厳しいのですが健康保険適用になった。100万円の手術だとすると若い方だったら3割負担で30万円で済みます。ところがホルモンは自由診療なので、ホルモンを打って手術すると混合診療になって全体を自己負担しなさいというのが今の厚労省のルールなんです。だから手術だけを健康保険にしても意味がない。医療現場が混乱するし、それはおかしい。それが私の担当です。医療政策はやっぱり難しいみたいですね、財源の4割くらいは税金ですし、何でも保険がきくようにすればいいというものではないというか。

この企画を立てるにあたって思いを込めたのは、どのあたりになるんでしょうか。

宮井 これは弁護士会の企画なので、やっぱり法律家の力を使うべきところを取り上げるべきだと思っているんです。法律家の力を使った上できちんと問題を整理して顕在化させる、その第一歩だと考えています。ほかの弁護士さんもいろいろな思いがあるかと思いますが、私はそれが一番です。自分たちが学んできたリーガルマインド、法的にはどうかということを分析して、前提となっている制度のことを調べ、そこからこう考えていくことが私たちの技能、技術。それによってこの問題を、法的な検討を深めていきたい。今までは当事者が自分で運動して頑張ってきました。でも複雑な問題になると、煮詰まるようなところも出てくるでしょうし、難しい問題もあるでしょう。そのときに何かの役に立てればということです。そのために弁護士にもきちんと認識してもらいたい、これは法律問題だということです。この1年だけで各部会すべてに答えを出すことはとても無理です。でもこういうふうに考えるんだというところから、またそれぞれの弁護士が深めてくださればと思っています。
 またこのイベントには一般の方も家庭で参加できるようになっています。シンポジウムはシンポジウムで見ていただきたいのですが、一回性のイベントなので、この問題をなんとかしたいと思っている方には配布資料もWebで公開されるのでご覧いただければと思います。400ページ以上もあるんですけど、ぜひ活用していただきたいですね。

2021年度関弁連シンポジウム
「性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくる
―人権保障のため私たち一人ひとりが何をすべきか―」

■日時:2021年9月24日(金)10:00~13:00
■配信用ZOOMミーティングURL:
https://us06web.zoom.us/j/82898723348?pwd=ZzBZQzIyT3dGUU1QREpuZFlaKy9RUT09ウェビナー
ID:828 9872 3348 
パスコード:397100
※参加費は無料です
※事前のお申込みは不要です
■シンポジウムの内容
基調講演 虎井まさ衛氏
委員会からの報告
はじめに(問題提起)
第1部会「総論・憲法論」
第2部会「法律上の性別変更の問題」
第3部会「性別表記・性別欄の問題」
第4部会「医療の問題」
第5部会「トイレの問題」
第6部会「子供たちの問題」
第7部会「労働の問題」
第8部会「刑事収容施設の問題」
■主催:関東弁護士会連合会・長野県弁護士会
■お問い合わせ:関東弁護士会連合会 Tel.03-3581-3838

関東弁護士連合会
http://www.kanto-ba.org/

Xジェンダー同性婚裁判を支える会
https://xgendersaiban.com/

文化芸術と福祉が溶け合う現場、茅野市民館 〜地域文化創造の皆さんに聞きました〜

「Light It Up Blue ちの 2019~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~」点灯カウントダウン(2019年4月2日~4月6日)「Light It Up Blue ちの 2019~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~」点灯カウントダウン(2019年4月2日~4月6日)

茅野市民館は毎年、自主事業を検討するもととなる提案を、市民からアイデアとして募集しています。そうしたシステムを採用している文化施設は全国的に見てもまだまだ珍しいと言えるかもしれません。そんな中、ここ数年、福祉的な視点や、障がいのある人なども一緒に関われる企画の市民提案が増えています。地域の方々がそうしたアイデアを提案してみようと思う背景には何があるのか、茅野市民館と市民の関係には何があるのか、お聞きしたいと思いました。茅野市民館の指定管理者である株式会社地域文化創造の皆さんにお話を伺いました。

茅野市民館は茅野市美術館を併設し、劇場・音楽ホール、市民ギャラリー、図書室など多様な機能を集約させた文化複合施設として2005年にオープンしました。1999年からオープンするまでの6年間、市民主導で200回以上もの会議を重ね、管理運営計画をつくり、市民と協働での運営が行われています。

 「茅野市民館よりあい劇場 2018→2019 アイデア・パフォーマンス発表」(2018年5月12日)「茅野市民館よりあい劇場 2018→2019 アイデア・パフォーマンス発表」(2018年5月12日)

茅野市民館は毎年、公演や展示といった催し物から日々の活動まで、地域の方々から事業についてのアイデア提案を募集します。さらに提案者によるプレゼンテーションを行い(写真上)、その内容や意見をもとに、市民を含む「事業企画会議」で事業案を検討するという過程を経ています。ここ数年、市民からの提案の中に、福祉的な視点や、障がいのある人なども一緒に関われる企画が見られるようになりました。私自身も「まぜこぜマルシェ」「障がい者芸術祭」など障がい者やマイノリティに関する企画を毎年提案させていただいています。そうした市民のいろいろなアイデアが組み込まれ、茅野市民館の事業が実現していきます。
近年の自主事業の中で「福祉」の要素を組み込んでいる取り組みをいくつか紹介します。

茅野市民館みんなのひろば「パノラマ チノラマ」茅野の〈人〉と〈場所〉をめぐるツアー型パフォーマンス(2014年)茅野市民館みんなのひろば「パノラマ チノラマ」茅野の〈人〉と〈場所〉をめぐるツアー型パフォーマンス(2014年)
Light It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~) ブルーライトアップLight It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~)
ブルーライトアップ
Light It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~) アートワークショップLight It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~)
アートワークショップ
 Light It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~) リズムセッションLight It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~)
リズムセッション
Light It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~) 上映トークLight It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~)
上映トーク
Light It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~) 啓発パネル展示Light It Up Blueちの~ひろがれ!青い光がつなげるこころ~(2016年~)
啓発パネル展示
 ムジカ・タテシナvol.8小川典子ピアノ・リサイタル 関連企画「ジェイミーのコンサート」(2017年)ムジカ・タテシナvol.8小川典子ピアノ・リサイタル 関連企画「ジェイミーのコンサート」(2017年)
「ムジカ・タテシナvol.9 山崎祐介×山宮るり子ハープデュオ・リサイタル」関係者向けサロン「みんなで接遇研修」(2018年)「ムジカ・タテシナvol.9 山崎祐介×山宮るり子ハープデュオ・リサイタル」関係者向けサロン「みんなで接遇研修」(2018年)
茅野市民館をサポートしませんか2019ワークショップ「てとてで おはなし しよう」(2019年)茅野市民館をサポートしませんか2019ワークショップ「てとてで おはなし しよう」(2019年)
茅野市民館 みんなの劇場「はこ/BOXES じいちゃんのオルゴール♪」デフ・パペットシアター・ひとみ(2019年)茅野市民館 みんなの劇場「はこ/BOXES じいちゃんのオルゴール♪」デフ・パペットシアター・ひとみ(2019年)

人とつながりたい、表現したいという欲求の開放&社会的なバリアを超えたうえで個々の命と関わる感性

「ここ数年、事業提案で福祉に関する事業が多くなったことや、まぜこぜ感を持つようになったきっかけをどう考えていらっしゃいますか?」 
そんな質問を地域文化創造のスタッフの皆さんに投げかけてみました。

地域文化創造の前社長で、今年度より顧問に就任した辻野隆之さんから口火を切っていただきました。

「最初のきっかけは管理運営計画の中で、劇場や美術館を市民の手で創造していきましょう、世の中や業界の常識で“こうあるべきだ”と言われること、思われていることじゃないことをやっていきましょうという、ミッションがあるんですよ。ともになにかを体感する。ここでは、そうやって市民の皆さんがクリエイションして、地域文化を育んでいるんです。障がいがある方をはじめ、生きづらさを抱えている皆さんには日常に社会的なバリアがあるかもしれません。常識などといったもので閉じてしまった蓋を、ポジティブ・シンキングで開けること、それはアートの扉を開けることと似ている気がするんです。人とつながったり表現したいという欲求を開くことと、社会的なバリアを超えたうえで個々の命と関わる感性。アートをコアなところでやっていこうという姿勢と類似性があるんだと思います。理論的には説明できません(笑)。でもそれは、いわゆる芸術至上主義というか、アートが好きな人だけに閉じた環境では出てこない。アートって特別な人のものではなくて、みんなの心にあるもの。日常生活の中で、それぞれの持っているアートを愛でていこうよ、ということをやっていきたいんです」

地域文化創造顧問の辻野隆之さん地域文化創造顧問の辻野隆之さん

市民とともに管理運営計画をつくり、市民サポーターが生まれ、多くの市民が市民館の事業を支えています。オープン前から市民と共に体験しながらものづくりをしていこうという思いが今に続いているのです。

技術部長から社長に就任した久保祥剛さんは

 「市民館と福祉に関することって、実は最初から内包されていたのかなと思うんです。普段から、障がいのある方がいる環境が当たり前だったんですよね。ワークショップの参加者に障がいのある方がいても、気にしながら見ていたりしますけど、講師の方たちも参加者の皆さんも普通にしていて、ボーダーがないんです。福祉や障がい者に関する企画が出てくるようになった理由は、そのことが基本にあるからかもしれません。僕、個人的にはボーダー的なことって昔から大嫌い。一番嫌いなのは国境です。なぜ国境を越えるのにわざわざパスポートを持って人に見せて通らなきゃいけないのか、今でもさっぱりわからない(笑)。そういう意味で、そこにあるものは、そこにあるものだとしか思えないのが僕の質としてあって、そこにいらっしゃる方がどういう方でも、その方とどう関われるかしかないんですよね」

と話してくれました。

地域文化創造新社長の久保祥剛さん地域文化創造新社長の久保祥剛さん

また、主任学芸員を経て美術館長になった前田忠史さんは

 「美術館も劇場もハレの場であるというか、美術館だったら歴史的なものや現代美術的なうごめいているものを展示する、劇場でもそれに相当するいわゆる作品を上演するところ、というイメージが一般的にはありますよね。でも、開館3年目の2007年、ここに来たときにすごいな、と思ったのは、茅野市民館も茅野市美術館も、もちろん歴史とかアートのくくりの中のものを取り上げるけれども、一方で地域の皆さんの中にうごめいている衝動とか感じていることを拾い上げ、一緒に実現していく場でもあるということでした。市民の衝動を受け止め、見逃さずにつないできたというベースがある。当館の学芸員が、福祉とか障がいのある人に関することは常に光を当てていないと見えづらくなってしまうものだと言っていたのですが、だからそうした事業についても、そのベースをもとに必要に応じてネットワークをつないだり、フォローしてきたことが大きいのかもしれません」

と話してくれました。

茅野市美術館新館長の前田忠史さん茅野市美術館新館長の前田忠史さん

劇場、美術館両側から、それぞれの立場での市民館の基本的な考え方について話してくださったスタッフの皆さん。それに深くうなづいていた辻野顧問は続けます。

「今、前田美術館長が言ってくれたように、常にアンテナを張って、市民のアイデアを市民館がストーリーに入れ込むように持ってくる。でもそれに市民の皆さんが応えてくれないとムーブメントにはなりません。だから、両方ですよね。たとえば五味さんみたいな方たちが存在してきてくれたってことが大事で。打てど響かねば物語にならない。地域の中で活動されている方たちが、自分のこととして市民館という場を利用してくださるようになってきたのは、10年、15年くらいかかりました、最近のことですよ。でもその中からいろんなアイデアが提案されるようになってきたんです。『Light It Up Blue』(世界自閉症啓発デー)なんかも、まぜこぜの空気感があって、そこに地域で活動されている方たちが“市民館って受け取ってくれるかもしれない”って思い、遠慮しながら声をかけてくれた。そのときに寄り添う。それで、福祉の企画として構えるのではなく、七夕のような季節の催しと捉えることで、周囲にいる方も入ってきやすくなるじゃないですか。市民館は誰も排除しない、開いているよ、と意思表示しながら空気感を出していると、そういう人たちが“いいのかな”って来てくれる。そのときにパッと受け止める、寄り添うっていうスタンスを取るようにしているんです。その最初の印象、コンタクトはとても重要だと思っています」

確かに、誰もが自分の場として感じられる市民館だから、アイデアを受け取ってもらえるかもしれない、実現できるかもしれないという思いを持ち、それが事業提案につながっているように感じました。
提案者の中には、福祉に関わる仕事をされている方や、身近に障がいのある人がいるという方もいます。近年ノーマライゼーション(障がいの有無に関わらず平等に生活する社会を実現させる考え方)、ユニバーサル・デザインなどが提唱されるようになってきましたが、まだまだ福祉や障がいのある方が文化芸術に関われる機会はわずかです。だからこそ身近にいる方が、障がいのある人がアートを発信したり、鑑賞したり創造できる企画を茅野市民館でやれないだろうか、と望む思いは深いのでしょう。文化芸術活動を通した体験は自己肯定感を高め、心を豊かにしてくれるものなのです。

地元出身で、この地域でずっと暮らしてきた取締役総務部長の竹内陽子さんは、「私はここで働き始める以前はサービス業に経理で勤めていたのですが、市民館では本当にいろんな方が館を訪ねてやって来て、刺激的でありながら時には大変と思うこともあったんですよね。自分にとっては思ってもいない場に来ているというか、想定外でした。けれども、いろいろ経験を重ねていって、地域の皆さん、アーティストの皆さん、業者の皆さんなどと話していくとすごく楽しいなって。それぞれと共通言語ができてくると、その想定外もすごく楽しいなって思えるようになりました」と語ります。

取締役総務部長の竹内陽子さん取締役総務部長の竹内陽子さん

取材に同席した広報の後町有美さんに感想を聞きました。

 「皆さんのお話を聞いていて、確かに福祉のこともそうですけど、やっぱり私たちはいろいろな方たちといろいろなことをしたいという思いがあるんです。それはもうスタッフも、市民のサポーターの方たちも。それこそ市民館は、建つ前からいろんな市民の方たちが意見をしてつくってきた土壌があります。そこに“一緒にやりましょう”というミッションがあって、それを普通のこととしてやっていける。“ここがすごくいいよね”と感じ合って一緒にやっていく、その積み重ねから“わたしもここにならこういうことが言えるかもしれない”“関わっているなかでこういうことに興味をもってきたよ”と言えるつながりが今、見えるようになってきているのかもしれないなって思います」

広報の後町有美さん広報の後町有美さん

茅野市民館は開館から16年間、市民と共に創造し、地域文化の拠点、交流の場となってきました。これからもますます、障がいのある方ない方、さまざまな皆さんが求める文化芸術への想いが集まる場であり続けてくれることを期待したいと思います。

取材・文:五味三恵

うえだ子どもシネマクラブ「マロナの幻想的な物語【吹替版】」「わたしはダフネ」

学校に行きづらい日は、映画館に行こう!

うえだ子どもシネマクラブは、学校に行きにくい・行かない子どもたちの新たな「居場所」として映画館を活用する「孤立を生み出さないための居場所作りの整備〜コミュニティシネマの活用〜」事業の一つです。上映会には子どもたちや保護者のみなさま、そして教育に関わるみなさまや支援に関わるみなさまをご招待していきます。

「マロナの幻想的な物語【吹替版】」

血統書付きで差別主義者の父と、混血で元のら犬だけど美しくて博愛主義の母との間に生まれたマロナは、同時に生まれた9匹の末っ子で、「ナイン」と呼ばれていました。このハート型の鼻を持つ小さな犬は、生まれてすぐ彼女の家族から引き離され、曲芸師マノーレの手にわたります。マノーレはこの小さな犬にアナと名付け、アナにとっても、幸せな日々が訪れたかに思えましたが……

脚本:アンゲル・ダミアン
日本語版キャスト:のん、小野友樹、平川新士、夜道雪 監督:アンカ・ダミアン
[2019年/ルーマニア・フランス・ベルギー/フランス語/92分]

「わたしはダフネ」

夏の終わり、父のルイジと母のマリアと三人で休暇を過ごしたダフネ。しかし、楽しいバカンスが一転、帰り支度の最中に突然マリアが倒れてしまう。すぐに病院に運ばれるが治療の甲斐なく、帰らぬ人に……。一家の精神的支柱であったマリアがいなくなってしまった今、ダフネと二人だけで、どう生活していけばいいのか。父の異変に気付いたダフネはある提案をする。それは、母の故郷コルニオーロへ歩いて向かう、ことだった……

監督・脚本:フェデリコ・ボンディ
出演:カロリーナ・ラスパンティ、アントニオ・ピオヴァネッリ、ステファニア・カッシーニ、アンジェラ・マグニ、ガブリエレ・スピネッリ、フランチェスカ・ラビ
[2019年/イタリア/イタリア語/シネマスコープ/94分]

うえだ子どもシネマクラブ「漁港の肉子ちゃん」「ベルヴィル・ランデブー【字幕版】」

学校に行きづらい日は、映画館に行こう!

うえだ子どもシネマクラブは、学校に行きにくい・行かない子どもたちの新たな「居場所」として映画館を活用する「孤立を生み出さないための居場所作りの整備〜コミュニティシネマの活用〜」事業の一つです。上映会には子どもたちや保護者のみなさま、そして教育に関わるみなさまや支援に関わるみなさまをご招待していきます。

「漁港の肉子ちゃん」

食いしん坊で能天気な肉子ちゃんは、情に厚くて惚れっぽいから、すぐ男にだまされる。一方、クールでしっかり者、11歳のキクコは、そんな母・肉子ちゃんが最近ちょっと恥ずかしい。そんな共通点なし、漁港の船に住む訳あり母娘の秘密が明らかになるとき、二人に最高の奇跡が訪れる──!

企画・プロデュース:明石家さんま
原作:西加奈子「漁港の肉子ちゃん」(幻冬舎文庫)
監督:渡辺歩
出演:大竹しのぶ、Cocomi、花江夏樹、中村育二、石井いづみ、山西惇、八十田勇一、下野紘、マツコ・デラックス、吉岡里帆 
[2021年/日本/シネスコ/96分] ©︎すたひろ/双葉社 ©︎2021「藍に響け」製作委員会

「ベルヴィル・ランデブー【字幕版】」

最愛の孫シャンピオンが誘拐された!大都市ベルヴィルでおばあちゃんの大冒険が始まる。21世紀フランス・アニメーション伝説の傑作

監督・脚本・絵コンテ・グラフィックデザイン:シルヴァン・ショメ
字幕翻訳:星加久実
[2002年/フランス・カナダ・ベルギー/ヨーロピアン・ビスタ/80分] ©Les Armateurs / Production Champion Vivi Film / France 3 Cinéma / RGP France / Sylvian Chomet

松本CINEMAセレクト『白い鳥』

茨城県在住の白鳥建二さんは全盲でありながら20年以上にわたり美術に通いつづける「美術鑑賞者」。その鑑賞方法は見える人と見えない人がともに「会話」を使って作品に向き合う対話側鑑賞。本作は、白鳥さんとその友人たちとの活動や旅、さらに全盲者としての日常生活を追いながら、なぜ彼らはアートに魅せられるのか、「言葉」は何をどこまで伝えられるのか、作品を正確に鑑賞し理解するとはどのようなことをさすのか——さまざまな問いを投げかけながら、ことなる人たちがともに鑑賞することの尽きない可能性を提示する。

写真:市川勝弘 ドキュメンタリー映画『白い鳥』より写真:市川勝弘 ドキュメンタリー映画『白い鳥』より

出演:白鳥建二、佐藤麻衣子、ほか
撮影・編集:三好大輔
脚本・構成:川内有緒
音楽:佐藤公哉、権頭真由(3日満月)
アニメーション:森下豊子、森下征治(Ms. Morison)
サウンドデザイン:清水 慧
題字:矢萩多聞 スチール
撮影:市川勝弘 制作補助:新谷佐知子
製作:アルプスピクチャーズ