[インタビュー] 弁護士・宮井麻由子さん シンポジウム「性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくる」を語る

2021年9月24日(金)に、関東弁護士会連合会の主催で、「性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくる ―人権保障のため私たち一人ひとりが何をすべきか―」と題したシンポジウムが開催されます。2021年の同連合会による定期大会の幹事は長野県弁護士会。付随するシンポジウムを、安曇野市を拠点に活動する弁護士、宮井麻由子さんを中心にプランニングされています。準備に忙しい最中、宮井さんに話を伺いました。

トランスジェンダーの問題にこそが法律家が果たすべき役割がある

この定期大会は企画としてはかなり大きなものになるのでしょうか?

宮井 そう思います。関東弁護士会連合会は関東地方と甲信越、静岡と、13の弁護士会が毎年持ち回りで、つまり13年に1回、各県で行なうものです。定期大会の午前中にシンポジウムを行うのですが、たとえば2020年はオリンピックがあるということで、スポーツのことを取り上げました。ほかにも災害のこと、子どもの権利のことなど比較的、先進的なテーマを扱っています。長野県の弁護士会では2020年3月くらいからテーマを募り、「LGBTをやったらどうか」ということで、私が企画書を書くことになったのですが、内容をトランスジェンダーに絞って提案を出しました。その企画案が無事とおりまして、そのまま本編にも参加し、1年間かけて準備をしてきたわけです。

宮井先生はかねてから「LGBT」「トランスジェンダー」などに取り組みたいと考えていらっしゃったのでしょうか?

宮井 そうですね。当初はぼんやりと思っていた程度でしたが。私が弁護士になったのは10年前、2011年ですが、当時はまだ「LGBT」という言葉自体が浸透していませんでした。テレビでも最近は露骨なのはさすがに減ってきましたが、以前は保毛尾田保毛男などのキャラクターが普通に登場していましたよね。弁護士同士のお酒の席でも残念ながらホモネタで笑ったりする光景もありました。私はまだ弁護士としての土台が何にもないころでしたから、周囲から見ると変わったテーマに取り組む勇気はなく、まずはマチベン(町医者のような弁護士)としての日常業務をしっかり覚えて一人前になろうとしていたんです。マチベンの業務は実はすごく大変で、奥が深い。そういう意味ではまだまだ私は半人前。でも平成27年が大きかったんですね(「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」/「世田谷区パートナーシップの宣誓の取扱いに関する要綱」に基づくパートナーシップ宣誓書受領証を交付)。長野県の弁護士会にも「LGBT」という言葉が入ってきて、そのうち始める方が現れるだろうと思っていたのですが、なかなかそうした動きはありませんでした。その状況を脱したいと思い、本格的に勉強をし、外向けに「私はLGBTをやっています」と発信するようになりました。その中で、言い方に語弊があるかもしれませんが、トランスジェンダー(性別違和をもつ人びとの総称)の問題こそが法律家が果たすべき役割があるとわかってきたんです。

それはどういうことですか?

宮井 比較してはいけないんですけど、シスジェンダー(生来の身体的な性別と自分の性認識(性自認)が一致している)のLGBの場合、差別されるとか理解されないとか言った部分はトランスジェンダーと共通します。ただ制度の問題として考えたとき、究極的には、誰が好きかということや、同性のカップルであっても婚姻を認めるか、家族として認めるかということに収斂していくんです。いろいろな考え方がありますが、同性婚を認めても世の中が困る、誰かが困るということはないので同性婚は認めるべきでしょうという結論にたどり着きます。しかしトランスジェンダーは、性別欄の問題から始まって、銭湯やトイレの問題、健康保険制度の問題などさまざまなことが絡んできます。極端な例ですが、刑事収容施設の話などになるとなかなか一筋縄ではいかないんです。性自認を尊重しましょうと言っても、完全に身体が男性の人を女性の刑務所に入れて大丈夫かなどの問題です。トランスジェンダーの問題は日常的で多岐にわたるため、一つ一つの話はあまり本格的に検証されていないところがあり、そのことにずっと違和感がありました。そういう課題を定期大会のシンポジウムで取り上げたいと考えたわけです。

顕在化しにくいところに多様な問題があるんですね。

宮井 もともと見えにくいマイノリティであることが特徴の一つだと言われるのですが、本人が言わない限り周りにはわかりません。多くの方々にとって同性愛やトランスジェンダーの人が自分たちと同じように普通に生活していることは知る機会が少ないのに、一方で、テレビなどでは気持ち悪がったり面白がったりの対象としてしか表現されていなかったから、当事者は余計に言えなくなる状況があるわけです。それがアメリカでは裁判によって全米で同性婚が認められたし、平成27年に渋谷区と世田谷区、今は松本市でもやっていますが、自治体のパートナー制度が始まったことで可視化されてきました。そのあたりからカミングアウトする人も増えてきた。もちろん昔から表明している人もいますが、大きな意味での傾向としてはこの6年くらいのことなんです。

法律家の力を使った上できちんと問題を整理して顕在化させる このイベントはその一歩目です。

このイベントの設計図はどんなふうにつくられたのですか?

宮井 13の弁護士会に募集をかけて、それぞれの会からこのテーマに詳しいメンバーを推薦してもらうんです。全部で8部会あって40人くらいが携わっています。長野県からは7人だったかな。一応、この問題この問題というふうに投げて、部会数が多いからこれとこれはくっつけた方がいいかななど議論もしましたが、関連はあってもそれぞれ重い問題だからくっつけられないということで最終的に8部会になりました(下記参照)。私は医療の部会長になりました。1カ月に1回の全体委員会で報告を開きましたが、知らないこともいっぱいあったし、知らない判例もあって非常に学びが多かったですね。

宮井先生の関わった医療の問題はどんな内容なのでしょうか。

宮井 ホルモン療法に関する問題ですね。たとえば生まれたときの性別が女性だけど、自分としては男性だという意識があるFTMの場合、男性ホルモンを体内に取り入れることで身体を男性化させるんです。それは1回数千円、3、4週間に1回の割合で行わなければならないのですが、健康保険がきかないために経済的な負担が大きい。また健康保険じゃないからお医者さんも積極的にこれを勉強しようと思わないみたいで、なかなか医療にも普及しない。それをどうにか保険適用にならないかということが問題意識の一つです。またその薬自体が薬事承認されていないなら仕方ないんですが、コロナ禍でインフルエンザ用の薬がコロナに効くのに使えないみたいな話があったのと同じで、男性ホルモンは、身体も心も男性、精子が少ないシス男性が男性不妊症だったりする場合は健康保険で打てるのですが、それを性同一性障害で女性が打つ場合は保険がきかないんです。それも自己負担になってしまう。でも関連する法令を調べても、なぜそうなってるのかわからず、厚生労働省に聞いても答えを得られなかったんです。もう一つすごい大きな問題としては、性別適合手術です。性別適合手術は平成30年に条件は厳しいのですが健康保険適用になった。100万円の手術だとすると若い方だったら3割負担で30万円で済みます。ところがホルモンは自由診療なので、ホルモンを打って手術すると混合診療になって全体を自己負担しなさいというのが今の厚労省のルールなんです。だから手術だけを健康保険にしても意味がない。医療現場が混乱するし、それはおかしい。それが私の担当です。医療政策はやっぱり難しいみたいですね、財源の4割くらいは税金ですし、何でも保険がきくようにすればいいというものではないというか。

この企画を立てるにあたって思いを込めたのは、どのあたりになるんでしょうか。

宮井 これは弁護士会の企画なので、やっぱり法律家の力を使うべきところを取り上げるべきだと思っているんです。法律家の力を使った上できちんと問題を整理して顕在化させる、その第一歩だと考えています。ほかの弁護士さんもいろいろな思いがあるかと思いますが、私はそれが一番です。自分たちが学んできたリーガルマインド、法的にはどうかということを分析して、前提となっている制度のことを調べ、そこからこう考えていくことが私たちの技能、技術。それによってこの問題を、法的な検討を深めていきたい。今までは当事者が自分で運動して頑張ってきました。でも複雑な問題になると、煮詰まるようなところも出てくるでしょうし、難しい問題もあるでしょう。そのときに何かの役に立てればということです。そのために弁護士にもきちんと認識してもらいたい、これは法律問題だということです。この1年だけで各部会すべてに答えを出すことはとても無理です。でもこういうふうに考えるんだというところから、またそれぞれの弁護士が深めてくださればと思っています。
 またこのイベントには一般の方も家庭で参加できるようになっています。シンポジウムはシンポジウムで見ていただきたいのですが、一回性のイベントなので、この問題をなんとかしたいと思っている方には配布資料もWebで公開されるのでご覧いただければと思います。400ページ以上もあるんですけど、ぜひ活用していただきたいですね。

2021年度関弁連シンポジウム
「性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくる
―人権保障のため私たち一人ひとりが何をすべきか―」

■日時:2021年9月24日(金)10:00~13:00
■配信用ZOOMミーティングURL:
https://us06web.zoom.us/j/82898723348?pwd=ZzBZQzIyT3dGUU1QREpuZFlaKy9RUT09ウェビナー
ID:828 9872 3348 
パスコード:397100
※参加費は無料です
※事前のお申込みは不要です
■シンポジウムの内容
基調講演 虎井まさ衛氏
委員会からの報告
はじめに(問題提起)
第1部会「総論・憲法論」
第2部会「法律上の性別変更の問題」
第3部会「性別表記・性別欄の問題」
第4部会「医療の問題」
第5部会「トイレの問題」
第6部会「子供たちの問題」
第7部会「労働の問題」
第8部会「刑事収容施設の問題」
■主催:関東弁護士会連合会・長野県弁護士会
■お問い合わせ:関東弁護士会連合会 Tel.03-3581-3838

関東弁護士連合会
http://www.kanto-ba.org/

Xジェンダー同性婚裁判を支える会
https://xgendersaiban.com/