テキスタイル作品が病院の空間をたおやかに〜軽井沢病院

いのちの居場所ー対話を生むテキスタイル

軽井沢病院では現在、ロビーなどに多摩美術大学テキスタイルデザイン専攻の学生によるテキスタイル作品を展示中、病院の空間にたおやかで、柔らかな雰囲気を生み出している(2023年3月末まで)。
これは、軽井沢病院、信州大学社会基盤研究所、そして多摩美術大学テキスタイルデザイン専攻の川井由夏教授、遠藤絵美非常勤講師、河崎日菜子副手と3年生(スタジオ3)14名と大学院修士過程2年生1名の15名が対話を重ね、テキスタイルの力によって公的空間である病院をいかに変容させ、訪れる人の生命力を高め、喜びを感じられる空間をつくることに挑戦したプロジェクト。病院にはロビーを中心にアイデアを凝らしたカラフルなテキスタイル作品が展示され、「いのちの居場所」を感じられる空間をつくり、自然に対話が起こる、新しい医療の場づくりのための演出となっている。

荒木惠「CYCLE」

 今回の取り組みについて川井由夏教授は、以下のように説明している。
昨年、多摩美術大学の八王子キャンパスで「医術と美術―いのち巡る場を共に創る」と題して講義していただいたのが、稲葉俊郎先生と私たちの出会いです。その帰り際に「何か一緒にできたらいいですね。」と稲葉先生がおっしゃってくださいました。
一方、テキスタイルデザイン専攻の3年生(スタジオ3)の課題「社会とテキスタイル」では、私たちが抱えるさまざまな問題に目をむけ、現代社会においてテキスタイルがどのように機能し可能性があるか考察を深めます。この課題として、今年度は、稲葉先生と共に、新しい医療の場を生み出すテキスタイルの研究「いのちの居場所―対話を生むテキスタイル」のプロジェクトに、実践的に取り組むことができ嬉しく思っています。また、大学院生、荒木惠さんは「テキスタイルによるビジュアルコミュニケーションー公共空間に展示するタピストリー」が研究テーマです。2年間の研究成果を病院のロビーに示すことができました。
まず、遠藤絵美非常勤講師、河崎日菜子副手とどのようにスタートするか話し合い、『いのちの居場所』(稲葉俊郎 著) 文中の「つながる」こと、「円(Circle)と輪(Ring)」という言葉をインスピレーションに造形ワークショップを行いました。見慣れた形である円や輪についてリサーチし捉え直すことを目的とし、そこから学生がイメージを拡げ作品制作に展開していきました。はじめて学生が軽井沢病院を訪れた際には、稲葉先生から病院に対する考え方、軽井沢という土地や病院の各場所についての説明を受けました。大学にもどり学生たちは話し合い、病院という辛い場所だから癒しや安らぎを、青空や花を、というようなことではなく、その作品に目が行き、これは一体、なんだろう、不思議な気持ちになる、辛い気持ちから少し逸れる時間をつくるという方向性を共有しました。病院の内部模型でシュミレーションしながら、空間をテキスタイルで織り成しどう彩るのか話し合いながら作品制作し、病院に持ち寄り展示してみました。意見交換を通して、患者さんにとって身体的、心理的に強い衝撃として影響のある色彩効果や造形的な動きを避けること、病院の既存のデザインや装飾部分とどのように関わるかなどの課題を理解し素材や表現技法を試行錯誤しました。学生それぞれが、担当場所の機能、空間の物理的な特徴、場と人々との関わりを考えた上で、全体を共に作り上げる意識で取り組むことができました。それぞれの作品が緩やかにつながり響き合うような空間を目指しましたが、期間中のアンケートで、どのような感想をいただくか興味深く思っています。今回のプロジェクトは、対話を重ね実験的に進みましたが、厳しく多忙な業務の合間をぬって協力してくださった医療従事者の皆様に感謝しています。

芦原志織「scenery 海」「scenery 陸」「scenery 空」(左より)

江川怜那「Handle Texture Movement」

江川怜那「Pose for Cloth and Thread」

エン トウモ「荊棘の光」

オク ジユン「どこかの山」

勝野綾乃「幸せの四つ葉」

佐藤吏穂「ふにゃふにゃ」

タン シンイ「Irregular」

西村知紗「穏やかな息」

日比野留花「人々」

福本あさひ「いのちのかたち」

マ シュン「花畑」

眞家善ノ介「心のかたち」

宮本佳世子「三角クリップのパターン」

山際あゆ「境界線」

 稲葉院長は「わたしは病院がもっと自由で創造的な空間であればいいな、と常々思っていました。多くの医療スタッフもそう思っているのではないかと私は感じています。ただ、なかなかその一歩を踏み出す勇気がないのが現状です。なぜなら、今は新しい何かをやろうとするときに、リスクやクレーム、そうしたことをまず考えてから、という順番になることが多く、ではそもそも何もやらないでおこう、となりやすいからです。それでは自由な発想や新しい挑戦が出にくいと思います。変わりたくても変われない、というままで時間だけが過ぎてしまいます。わたしは、「生命の喜び」「創造の喜び」という感覚を大切にしています。そうした遠い目標を共有しながら、病院という空間の中に少しでも「喜び」を感じられる空間をつくりたいと思っていました。つらい状況の方が訪れることが多い病院だからこそ、病院の空間には、普段囚われている意識から解放されるような自由な空間が必要だと、切実に感じていたからです。今回のプロジェクトは、ひょんなことから話が始まりましたが、対話を何度も重ねながら進めました。病院は公共空間であり、だからこそ制約が大きく、美術を専門とする方々が入りにくい状況にあります。だからこそ、わたしがつなぎ手となり、どのように公共空間を彩るのがいいか、共に悩み考えながら、それでいて自由な発想で作品をつくってもらいました。どれも素晴らしい作品ばかりです。ずっと展示してほしい!という思いもあるのですが、今回は2023年3月31日までの限定展示としています。撤去した後に、わたしたち医療スタッフもポッカリ穴が開いたような寂しい気持ちになるかもしれませんが、それもまた次のステップへの重要な空白だとも思っています。そうしたこともトータルに含めて、今回は多摩美術大学のテキスタイルデザイン専攻のみなさんと、新しい挑戦をさせていただきました。医療業界、美術業界、共に「常識」とされるものがまったく違います。だからこそ、その違いを否定的に捉えずに肯定的に捉えて、異なる二つの世界に橋を架けるようなチャレンジでもあったと思います。ただ作品を展示してください、というだけではなく、何度も何度も悩みながら考え続けたプロセス自体が、とても大事だと思っています。こうした挑戦が、ほかの医療機関でもさまざま起き始めるといいな、と思っています。」とコメントしてくれた。

 軽井沢病院では稲葉俊郎院長のもと、2022年4月より、軽井沢町全体が助け合い語り合う「屋根のない病院」づくりを進めている。軽井沢を世界に広めた第一人者、カナダ人宣教師のA.C ショーは、1886年にキリスト教の布教と、自身のリウマチ療養のため初めて軽井沢を訪れた。豊富な緑と涼しい空気、そして広がる景色が祖国スコットランドに似ていたことで心身ともにリフレッシュした。彼は軽井沢に別荘第1号を建て、この地を「屋根のない病院」と呼んだ。稲葉院長はその想いを受け継ぎ、実現する重要なアイテムを文化芸術と定義。第1弾として、障がいのあるクリエイターが描く多様で個性的な原画を使った洋服、文具、雑貨などを製作するデザインブランド「RATTA RATTARR」(現Chaledo)とのコラボレーションにより、新たな「おくすりてちょう」を制作した(病院でどなたでも購入できる)。「いのちの居場所ー対話を生むテキスタイル」は、これを進めたもので新たな一歩となった。

おくすりてちょう

みんなでつくった「おくすりてちょう」のための絵も展示されている

【多摩美術大学生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻】
川井由夏教授
遠藤絵美非常勤講師
河崎日菜子副手
[多摩美術大学大学院デザイン専攻テキスタイルデザイン研究領域2年]
荒木惠
[多摩美術大学生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻3年生スタジオ3]
江川怜那
エン トウモ
オク ジユン
勝野綾乃
佐藤吏穂
タン シンイ
西村知紗
日比野留花
福本あさひ
マ シュン
眞家善ノ介
宮本佳世子
山際あゆ
芦原志織
【軽井沢病院長/信州大学社会基盤所特任准教授】
稲葉俊郎

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