問題解決をすることがデザインの役割だとしたら、福祉はすごく価値ある問題を持っているし、それを解決することは良いデザインを生み出すことにつながる
障害のあるクリエイター(福祉サービスの利用者)さんたちが描いた個性的で魅力的なデザイン原画を使い、洋服、文具、雑貨などを製作することで、彼らの自立支援を実施しているデザインブランド「RATTA RATTARR(ラッタラッタル)」が軽井沢にあります。アトリエではクリエイターさんたちがデザインや織物を創作し、敷地内にはオリジナル商品を扱うショップ、週末営業のレストランも併設。オリジナル商品は長野県立美術館や上田市美術館のショップなどにも置かれ、また江崎グリコの商品パッケージ展示企画、仙台銀行の創業70周年記念ポスター、松本十帖の浴衣、新潟のダンスカンパニー「Noism」の舞台衣裳などなどにそのデザインが採用されています。クリエイティブ・ディレクターの須長檀さん、アトリエリスタ(支援員)の塚元恵さんにお話を伺いました。
デザインや織物をここまで専門的にやっている施設は珍しいと思います。立ち上げの経緯から教えてください。
須長 運営している会社は株式会社チャレンジドジャパンといって、障がいのある方の就労支援事業所をいくつも運営していますが、軽井沢だけは少し違った方針を採っているんです。私は家具のデザインが専門ですが、きっかけはチャレンジドジャパンの代表から「就労支援だけではできないことがある、デザインとクラフトで障害のある人の支援ができないか」という話をいただいたことです。それまで障害のある人とは話したこともないほど接点がありませんでした。私はスウェーデンでデザインのベースを学んでいたのですが、フォルムヴェルクスタンという、プロのアーティスト、デザイナー、クラフトマンが支援し、デザインとクラフトをやっている作業所があります。チャレンジドジャパンの方々といろいろな施設を見て回って、1年くらいかけて、一緒に基本となるアイデアを考えるなどの準備をし、2016年に軽井沢にラッタラッタルを開所しました。ここはデザインとクラフトの二つの柱があり、デザインは商品の原画のもとになる絵やパターンを描く、クラフトはスウェーデンの伝統的な織物を織る、その両方を利用者の皆さんに取り組んでもらっています。デザインは自由創作ができる、クラフトは順序よくつくっていくという意味で、同じクリエイティブな作業でも相反する要素があることがポイントです。
塚元さんはどういう経緯で関わられるようになったのですか?
塚元 私は女子美術大学の工芸科で伝統工芸、染色を学んでいました。その後、須長が軽井沢で開いている家具屋さんに勤めていたのですが、こちらで「衣装を手描きでするお仕事をいただいたので手伝ってほしい」と言われてやってきたんです。そのときに私自身のやりたいことに近いと感じて転職させていただきました。私はアトリエリスタという支援者の一人で、ほかにデザインとクラフトのスタッフ、福祉専門のスタッフ、ビジネスマナーや就労以降を担当するスタッフと、全部で7人で運営しています。
須長 それぞれスタッフは幼児教育の美術、染色、服飾と専門をもっていますが、もちろんそれだけではなく、いろいろなことに関わってもらっています。そして私が全体を見ているという体制になっています。
利用者さん、つまりクリエイターさんは何人くらいいらっしゃるのですか?
塚元 登録が30名です。こちらに週一回いらっしゃる方もいれば、毎日いらっしゃる方もいます。それでも随時20名くらいはいるでしょうか。皆さん、基本的には小学校の図工、中高の美術を経験されているくらいで、専門的な心得がある方はほとんどいらっしゃいません。軽井沢周辺の方が多くて、遠くは佐久市あたりからいらっしゃっている方もいます。また最近は、東京などから移住してでも通いたいというお問合せもいただくんですよ。
利用者さんには時給とデザインのロイヤリティという形で支援
こちらの事業所は、運営に関して、クリエイターさんに対して、それぞれ金銭的にはどのように回っていらっしゃるのですか?
須長 当然ですが、ここは利用者さんが通っていらっしゃるわけですから、事業所としては持続可能でなければなりません。考えて、つくって、販売して、卸しもして、外部からの仕事も受けてというやり方を採用しています。ですからオリジナル商品の価格設定も最初から卸しをするという前提で決めています。今では美術館で販売していただいたり、全国のポップアップショップやギフトショーに参加させていただいています。とは言え、当初から順調だったわけではなく、つらいときもチャレンジドジャパンが何も言わず、辛抱強く見守ってくれていたんです。
塚元 ここは就労継続支援B型を主とした事業所ですので、利用者さんに対しては、お仕事としてデザインを描いていただき、織物を織ってくださることに対して時給をお支払いします。それに加えて、デザインが商品に採用されたクリエイターさんにはロイヤリティという形で還元しています。ただし、報酬に関してはまだまだ伸ばしていく余地があります。もっともっと商品開発をして、発信して、売り上げを伸ばすなどして、ロイヤリティの部分を増やしていくことで、クリエイターさんたちのさらなる助けになっていきます。
須長 デザインのロイヤリティは、オリジナル商品でも、クライアントからの依頼でも、採用された方に、商品ができた時点でお支払いしています。中には売れっ子の方もいらっしゃいますが、全体を見渡すとどうしても支払額の凸凹はできてしまいますね。ラッタラッタルとしてオリジナルの商品を製作するときは、できるだけクリエイターさんの皆さんにと考えてやっているんですけど、クライアントさんの場合は、私たちが選ぶのではありませんから、どうしても偏ってしまいます。
塚元 たとえばオリジナルのハンカチをつくる場合は、全員の作品を採用します。福祉的な視点からは販売の機会は全員公平にということもありますが、一方で公平にするからには皆さんにあるレベルに達していてほしいという願いもあります。そこは日々の訓練の中で引き上げられるように私たちも頑張りますが、クリエイターさんたちにも仕事として責任とプライドを持っていただかなくてはなりません。ですから、これは素晴らしいデザインだからもう一回大きく描いてください、繰り返してください、ここを修正してくださいというリクエストを出すようにしています。
須長 オリジナルの商品の利点という意味では、種類をたくさんつくることで、クリエイターさんの多様な作品を活用できるところがあるんです。子どもっぽい絵しか描けない方がいても、それが子ども服をつくるときには武器になったりする。線画ばかりで色を使えない方の絵は、器の模様だったらむしろ映えたりする。いろんな画風の方に対応できる多様な商品を持つことで、価値観の幅が広がります。そう言った対応ができるところがデザインの面白さであり、可能性だったりするんです。
「発見」は僕らにとってすごく大事なキーワード
利用者さんが、描けるようになるまでは、苦労があるのではないでしょうか?
須長 おっしゃる通りです。最初から描ける方はなかなかいらっしゃらなくて、毎日アトリエで描き続けることで、皆さんの才能が開花して、どんどんいいものが描けるようになっていくということですね。
塚元 新しいクリエイターさんが入られると、まず、こちらの雰囲気に慣れていただかなければなりません。その上で、仕事でやっていただきたいことを、それぞれの方に一つひとつお伝えします。それは学校のように一斉に行うわけではありません。クリエイターさんによって障害の種類や特性、これまでの経験も違いますし、作業のペースも、できることも違うので、お一人ずつ丁寧にお願いして、少しずつ目標を高めていくことになります。もちろんクリエイターさんの方でも「私はここで何をすればいいんだろう」と思われているでしょうし、私たちもこの方にはどういうことを提案したら気持ちよく、創作してもらえるかを探りながらという感じです。
須長 この方にはどういう話しかけ方をしたらいいだろうか、この方はどういう作風なのかなどを我々が見極め、利用者さんと時間をかけて信頼関係を築いて、その後でそれぞれに合ったオファーをしていかないとうまくいかないんです。ですから新しい方との信頼関係を築くのに数カ月はかかってしまいます。また画材によって可能性を広げることも支援の一つです。ペンを使ってすごいスピードで描く方には、1枚を丁寧に仕上げてもらうために、描きにくい画材を渡してみたりもします。逆に1時間に1センチのスピードで丁寧に描く方には、絵の具やインクのように広がりやすい画材を渡したりもします。早く描くのもゆっくり描くのもその方の個性ではありますが、それだけでは可能性が広がらない。画材を変えるだけで生まれる皆さんの中での発見を完成してもらいたい。また発見は僕らにとってすごく大事なキーワード。そうやって作業や作品を通していろいろなコミュニケーションをする時間が大事なのだと思います。
塚元 いずれにしても信頼関係があれば多少すれ違いがあったとしても、再トライしてもらうこともできる。そこがないと何をやってもうまくいかないので最初がやっぱり大切かなと思います。
須長 つまり答えがないんですよ。お付き合いする中でこの人の才能が一番発揮されるのはここだということを我々がかぎ分けていくみたいなところがあります。だんだん慣れてうまく回り始めると、今度は逆にいい意味で私たちを裏切ってくれる作品が返ってくることもありますね。期待していたことじゃない方向でもっと素晴らしい作品が生まれるのは楽しいですね。
塚元 それはたぶん日常で見ているもの、感じることがスキルになっていくのだと思います。すごく成長する方もいれば、マイペースな方もいらっしゃいます。でもそこは強制するわけではなく、まずは仕事としてしっかり向き合ってくださっていただければいいと思っています。
須長 そういう意味では、私どものクライアントさんも、そのことを理解してくださっている方々ばかりです。最初から答えをもってきて「こういうものを描いてくれ」というのではなく、逆に考えもしなかった提案が返ってきて「面白いですね」と言ってくださる。「長野県」というテーマで虫の卵を描いたり、リンゴがメガネになっていたり、そういう驚きが面白いから商品化しましょうと言ってくださる。プロのデザイン事務所の提案ではできないユニークな答えを楽しんでくださいますよね。それは本当にありがたいと思います。
大きく有名になることより、皆さんが安心して来られる場所として、自分たちのやり方を磨いていきたい
今の仕事にどんな魅力を感じていらっしゃいますか?
塚元 私はここに来て3年が過ぎましたが、私が来たころは本当に目も合わせられなかった方がだんだん自信を持っていろんな方と交流して、就職したいと言ってトレーニングを積んで、先日、就職してここを卒業されたんですよね。そういうお手伝いができると良かったなって思います。その瞬間に立ち会えることは、私にとって作家として一人でつくっているよりも何倍も幸せを感じられるんです。皆さんすごい人たちなんですよ。皆さんここにいるときは安心しているように思います。全然お話せずそこにいるだけだったりする方でも、ほかの皆さんと一緒の時間や空気には触れていたいと思っているのかなと感じることもあります。
2021年5月に『ラッタラッタルのしごと』展をやったときも、みんなで準備したんですけど、すごい感動してくださいました。「文化祭の準備してるみたいです」「こんなすごいことになっちゃうんですね」と喜んでくださって。大人になってから仲間と一緒に何かを行うという経験ってなかなかないと思いますが、だからクリエイターさん同士仲が良くてありがたいです。
須長 工場のラインとかの仕事では弱みになることが、ここでは強みになっているんですよ。人と違うことをすること、マニュアル通りにやらないことが新しい表現としてすごく強みになったりする。利用者の皆さんにとって今まで抑制されていたことが、ここだとすごい才能に変わる。そしてそれが皆さんの支援につながるのはすごくうれしいですね。
ラッタラッタルではどんな未来を見たいと思っていらっしゃいますか。
須長 時々スタッフのみんなと話すんですけど、最初のころは大きくしたいとか有名になってという目標がありましたが、今は皆さんが安心して来られて、いいものが生み出せる素敵な場所にしていけたらと思っています。クオリティを落としたくないと思っているので、このくらいの規模で長く続けられたらいいねと。最初のころは世界的なテキスタイルメーカーとかアパレルメーカーに負けちゃいけない、そこまでレベルを上げるんだみたいな気持ちがあったんです。でも今はそうではなく、むしろここのやり方、この方法をより磨いていくことで、いろいろなデザインの選択肢の一つとして、結果的にほかのデザイン事務所やブランドなどと肩が並べられるようになっているという気がしています。
僕はデザインの仕事をしていて感じるのは、問題解決をすることがデザインの役割だと定義した場合に、福祉はすごく価値ある問題を持っているし、それを解決するということは、いいデザインを生み出すことにつながっていく。デザインと福祉はもっともっといろんな可能性があるし、いろいろなデザイナーがいるので、もっとさまざまな解決方法を生み出せるんじゃないかなと思ったりしています。そういう意味で福祉とデザインはとても親和性があると思います。