[対談]ロジャー・マクドナルドさん×大谷典子さん

「ザワメキアート展2021」は、アートとしての作品展示と福祉の要素をまとめたアーカイブ集をセットで楽しんでください。

長野県では、2016年から2019年にわたり、ザワメキアート展と題して、障がいのある皆さんが日常の中で表現した作品を公募して紹介してきました。2021年は、これまでの入選者80人の作品を一堂に集めた展示を、長野県立美術館と茅野市美術館で、この8月から開催します。今回は、2017年から2019年にザワメキアート展の審査員を務めた、佐久市在住のインディペンデント・キュレーター、ロジャー・マクドナルドさんがキュレーションを担当。また、ザワメキアート展のアーカイブ集を実行委員で、ギャラリストの大谷典子さんが編集。全体を俯瞰してきたお二人にお話を伺いました。

ロジャー・マクドナルド
NPO法人AITプログラムディレクター。ザワメキアート展2017〜2019審査員。東京都生まれ。イギリスで教育を受ける。学士では国際政治学。修士では神秘宗教学。博士号では書籍『アウトサイダー・アート』の執筆者ロジャー・カーディナルに師事し、美術史を学ぶ。1998年より、インディペンデント・キュレーターとして活動。2003年より国内外の美術大学にて非常勤講師として教べんをとる。佐久市に移住後、2013年に実験的なハウスミュージアム「フェンバーガーハウス」をオープン、館長を務める。

大谷典子
元麻布ギャラリー佐久平ギャラリスト。ザワメキアート展2016〜2019にて実行委員を務める。岡山県生まれ。武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科卒業。佐久市に移住後、福祉施設や小・中学校の特別支援クラスなどで、障がいのある方の表現活動に広く関わっている。

ロジャーさんは今回、ザワメキアート展にはどんな関わり方をされているのですか?

ロジャー 第2回目となる2017年から審査員として呼んでいただき、これまで4回開催されたうち、3回に関わってきました。そして今回は総括の展覧会ということで、2年ほど前にキュレーションを依頼されて、今に至ります。私は福祉畑の人間ではなく、現代美術のキュレーターを20年ぐらいやってきています。障がい者アートに関係があるとしたら、私の博士号の先生で、「アウトサイダー・アート」という言葉をつくったロジャー・カーディナルさんのもとで勉強していたことです。だから関心はずっとありました。そして2016年には、日本財団と一緒に大規模なアール・ブリュット展をやったこともあります。そういう実績もあって、声がかかったんでしょう。ですが、今回は4年間分、80人という大人数の作家たちの展示です。作品選定を具体的にどうするか、新たに展覧会として何ができるか、実行委員の皆さんとずいぶん相談をしました。

キュレーションを引き受けられたときはどういうイメージを持たれていたのですか?

ロジャー 正直80人という数はビエンナーレ規模です。横浜トリエンナーレとか大規模国際展みたいな感じなので、まずはどこで開催するのかが気になりました。場所に応じて展覧会はカラーが変わってきますから。

大谷 もともと北信、東信、中信、南信と県内4カ所で展示することになっていたんです。その前提で計画し始めたら、新型コロナ・ウィルス感染症の影響で去年は開催できず、会場も変わったので、ロジャーさんのアイディアも3回くらい変更になりましたよね。

ロジャー 最終的に長野県立美術館、茅野市美術館に決まり、ともに比較的広い空間があるわけですが、そうは言っても80人をどう見せるかは非常にチャレンジングでした。今までのザワメキアート展では一人ひとりに対して非常に丁寧なコーナーを設け、相当数の作品を見せました。同じことができるかと言えば物理的にできません。そこでかなり厳しく編集作業が必要となり、ゼロから作品の選定をすることにしました。コロナ禍でしたが、行かれる施設には僕と典子さんで足を運び、行かれないところは事務局が作品を集めてくださり、その中から選定しました。本当だったらアトリエに行ったり、場合によっては自宅を訪問したりして、皆さんとお会いしたかったんですけどね。

大谷 2016年の初回にロジャーさんは関わっていなかったから、初めて見る作品もありましたよね。審査員を務められた3回で選ばれた作家も、時間が経てば状況が変わっていたりもします。入選作品を見せてもらいに行っても、入選後の新しい作品を見せる方、逆に入選前の古い作品を見せる方もいらっしゃいました。そもそも皆さん、自分が作家だとは思っていない人が多いので、今はもう表現していない人もいました。それを全部網羅して新たに作品を選定したので、相当大変な作業でした。ロジャーさんは、いつも選定後に「疲れた~」とおっしゃってましたもんね。

ロジャー うん、そうでした。アウトサイダー・アートと関わるときにいつも思うのですが、近現代美術と呼ばれるものとは違って、エネルギーが吸い取られる表現が多いんです。これはたぶん作品を観る多くの方が経験すると思います。なぜかと言えば、いろんな説がありますが、とにかく僕も真剣に観る態度で行くので、描かないと生きていかれない、命懸けという姿勢や想いを作品から感じて、クタクタになるんです。それともう一つ、いわゆる作家と呼ばれる人たちの展覧会のキュレーションと全然違うのは、作家たちの意思が組み込めないことです。しゃべれない人もいるし、施設にいる人もいる。そもそも作品と思っていない人も多い。だから我々が本当に責任を持って、倫理的なことも考えながら展覧会をつくることが、すごく重要なプロセスだと思っています。非常に謙虚な気持ちを持ちつつ、なるべく共感、シンパシーを持って、この作品はどういう状況が必要なのか、どう配置するべきか、すべてに倫理的な視点が大事です。唯一私ができることは、展覧会会場で、作品同士を紹介し合うこと。作品同士の社交の場みたいなイメージとしてつくるしかないのです。僕が持っている経験や美学的な知識を生かして、丁寧に色、形式、サイズ感、質感などを見ながら、そして展示全体がどういうムードになっていくのかを思い浮かべながら作品を選びました。

大谷 私たち実行委員は、福祉系のメンバーとアート系のメンバーが半数ずついるんですけど、公募展としての4年間は基本的に福祉の色を濃くやってきました。その人の背景を取材し、掘り下げたものを文章にして、キャプションとして付けてきました。時には「ここまで説明しなくてもいい」と言われたり、逆に「障がいのある人の作品がどうやってできたかを知ることができてありがたい」と言ってくださる方もいました。一人の作品を個展レベルぐらいまでの作品量で毎回20人ずつ紹介し、それぞれに実行委員による詳しいキャプションを付けたのは、入選者が作品としてつくっていなかったりするから、しっかり掘り起こさないと伝わらない部分が多いからです。でも今回は集大成ということで、私たち実行委員の会議で、アート色を濃くしたいという話になりました。だからプロフェッショナルのキュレーターであるロジャーさんに、キュレーションをお願いしたんです。ロジャーさんご自身の知識や経験を生かしていただき、基本的にすべてを“作品”として扱っています。一方でアートに特化してしまうと、今まで前面に出してきた福祉の部分が薄まらないかという声もありました。それならばと、ザワメキアート展の良さとも言える、その人の背景を掘り下げている部分を充実させて、アーカイブ集をつくることにしたわけです。

ロジャー 展覧会とアーカイブ集で一つのザワメキアート展、兄と弟みたいな関係になっています。

大谷 展示作品とアーカイブ集の内容がリンクしてない部分もあるのですが、アーカイブ集を読まないと展示だけ見てもわからないことも多いと思います。今回の展覧会では、作者の説明の表示はそれほどないんです。そこはアーカイブ集や過去の図録を読んでいただければと思います。展覧会とアーカイブ集とをセットで楽しんでください。

ロジャーさん、展示に込めた想いを教えてください。

ロジャー 今回の展覧会はあくまでも「この作品」を考えてほしい、見てほしいという想いでつくっています。よくアール・ブリュット展の展示は余白を埋めていくようなパターンが多いんです。つまり障がいのある方は、日常的に表現している人が多い。1日に50枚も描くという人もいます。だから展覧会になると全部見せたくなるので、壁を埋めてしまうんです。それはそれで一つのあり方ですが、80人分はできません。私が取ったのは、まさに近現代美術の中でよく使われる方法で、余白をしっかり取って、作品に集中できるような展示です。だからあえて作品数も一人あたり多くても5点くらいに絞っています。

作品を軸に展示したことの意図を教えていただけますか?

ロジャー これもよくある議論で、作品を観る人はどこまで作家の人生について知って作品を見ているのかと言われれば、そんなに知らないと思うんです。多くの作家の中には、実はうつ病になったり身体的な病があったりという人もいっぱいいる。でもそれを書いてもあまり読まないじゃないですか。だけど福祉の面から見ると、作家のバイオグラフィに特化する傾向が実は昔からあるんです。カーディナル先生も70年代にアウトサイダー・アート展をロンドンでやったときに相当綿密に書かれていました。アール・ブリュットを考えたジャン・デュビュッフェでさえ、一人ひとりに関する綿密なメモをとっている。そうした先駆者たちのやり方が今も続いていて、それはそれですごく価値あるやり方だと思いますが、そこだけにフォーカスすると作品を忘れてしまう。やはり言葉は強いですから。僕は多くの表現者にとって紙に何か描くとか、粘土で何かをつくることは、言語でもあると解釈しています。叫びだったり哀しみだったり、何らかの感情を表している。そこにも丁寧に触れるべきだということです。時間と労力のコミットさえあれば、言葉以上に得るものがあるでしょう。また余白を取ることで、展示空間に入るといきなり疲れるという雰囲気の展覧会ではなく、リラックスしたまま一人ひとりの作品を観ていただける。そうすればより深く鑑賞できるということで、作品数を抑えてもいます。色や形は、心理学でもわかっていることですが、鑑賞プロセスの中ですごく影響力が強いんです。一つ一つ作品を見ていくと、訴えてくるものは明らかに強くあると思います。

それは、今までの雰囲気とずいぶん変わりそうですね。

ロジャー それと、今回は美術作品としての展示方法を導入していますが、同時に近代の美術館の形式、つまり「白い箱」、「white cube」を少し崩したいという思いもあります。私は限られた予算の中で、移動式の壁と台をデザインしました。これらは長野県産の木材を使い、繰り返し使えるモジュール式です。これからアート業界も真剣に地球資源やゴミについても考え、取り組んでいくことが非常に大事だと思いますからね。この壁は単なる長方形ではなく、4種類の幾何学的なカットのデザインにしました。会場に置かれた時、sさまざまな壁の形の間から視覚的に動線が導かれることを意図しています。この什器は今回の展覧会が終わった後も使っていけたらと思っています。

障がいのある方々の作品展は、普通の美術展とは違うものを得て帰る人が多いからこそ、やることに意義を感じる

ザワメキアートということではなく、障がいある方の作品展後に、スタッフの方々が、作品を取り上げた人の人生に影響を及ぼすことへのモヤモヤ感について話を伺うことがあります。そのことについて、教えていただけますか?

大谷 私はこうした仕事をしながら常々思うのは、当事者の人たちは表現を作品と思ってもいないし、人に見せたくない日記みたいなものだったりすることが多いので、そういうものを我々の手によって人の前に出していいのだろうかということです。私だったら日記を人前に出されたら嫌だと思います。だからこそジレンマがある。ロジャーさんとは移動の車中でいろいろお話しするんですけど、「カーディナル先生もそういうことをおっしゃってたよ」みたいな話を伺うと、ちょっと安心します。

ロジャー そこに正解はないことですからね。時代、状況に応じて、当然、倫理のシステムが変わってくるから。例えば植民地主義の中で西洋人が初めてアフリカの部族の写真を撮ったとき、アフリカの皆さんはカメラに自分の魂が盗まれると言ったことがある。そこはすごく丁寧に対応しないと失礼だし、倫理的に疎外感を与えてはいけません。この問題はある意味では避けられない問題。一つ、美術史をやってきた人間として常に考えているのは、彼らが紙や粘土に自分からトランスファーしているだろうということ。作家にもそういう錬金術師みたいなところがあり、何にも書かれていなかった白い紙が30分後には作品みたいなものになっている。それは描いた人の、肉体、心の内です。つまり、それが我々の社会の中で自立するものとして流通してもいいのか、いろいろな解釈があっていいのか。難しいですよ。このことは現代美術の作家にも時々ぶつける質問なんです。描いたものは作者から切り離されるのか、どうか。この問いには作家の中でもすごい賛否がある。描いたものはいくら気持ちを入れてもアトリエから出たらもうなんとも思わない人もいれば、死ぬまで気になる人もいる。アール・ブリュットの作家たちは、僕の考えですが、多くの人はどうでもいいと思っている。つくったものをどんどん捨てている。でも確かに、利益とか権力を得るために使い始めるのは明らかに倫理的に反すると思うけど、作家たちに還元される場合もある。すごく深い問題です。だからこそ常に公の中で議論していかなくちゃいけない。

大谷 この問題に関してはアール・ブリュットの作家もプロの作家も、境界線はないと思うんです。でも観る人にとってこうした展示がすごく必要だと思うのは、観たことがないものに出会う機会になるということ。びっくりするようなものに出会って障がいのある人に対する見方が変わるという人もいれば、作品の中に自分と同じものを見る人もいる。普通の美術展とは違うものを得て帰る人が多いからこそ、やることに意義もあるし、やりがいも感じます。ただ先ほども言ったように、展示して紹介したからといって、アール・ブリュットの作家たちをすべて背負っていけるわけではないし、考えることが多すぎて、壁にぶち当たることは時々ありますね。

ロジャーさんはザワメキアートに3年間関わられて、実行委員会も含めて、取り組みをどう思いますか?

ロジャー すごいと思いますよ。そこまで日本全国のことを知らないけど、事務局のパッションがすごい。アール・ブリュットの作家を取材している様子がすごい。普通はそこまではしませんから。

大谷 それはロジャーさんと一緒に審査員をしてくださっている中津川浩章さんもおっしゃってました。中津川さんは全国各地で公募展の審査員やキュレーションをやっていらっしゃるけど、ここまで取材しているのは珍しいと。また審査も作品だけを見るんじゃなく、担当者がプレゼンテーションするというやり方も他所にはないとおっしゃってましたね。

ロジャー そして長野県にはすごい作家たちがたくさんいるし、ここまで芸術的な取り組みをする施設があるのはすごい。だから作品を収集し、次の世代に残すべき。そうしないとどんどん破壊、紛失していってしまう。

大谷 ザワメキアート展は、今回が集大成となりますが、今ある作品をもっと紹介していく、そして鑑賞することを世の中の人にもっと広めていきたいですね。