ある映画を立場を超えた人びとが一緒に観て、直後に語り合うその先に、何か面白いことが起きるかもしれない

宮尾彰さん宮尾彰さん

2019年9月に設立された一般社団法人ぷれジョブに所属し、2021年4月から、長野県県民文化部子ども・若者局 次世代サポート課の委託により『東信子ども・若者サポートネット』事業の事務局長を務めている宮尾彰さん。その連携機関の一つ、上田市にある上田映劇で、映画上映を、そして福祉の専門家や映画監督などとのトークを行い、困難を抱える子どもたちの現状や想いを伝える活動を不定期で行なっている。この7月4日(日)は、海辺の町にある児童養護施設で18歳と8歳の二人の少女が出会い、心を通わせていく姿を描いた『海辺の金魚』を上演する。活動に込められた想いを伺った。

まず、宮尾さんのお仕事の詳細についてご紹介いただけますでしょうか?

宮尾さん 最近、「生きづらさ」という言葉がごく自然に使われるようになりましたよね。日ごろ、私たちが向き合っているのは、正しくこの「生きづらさ」を抱えている子どもや若者、あるいは彼ら彼女らの家族です。基本的には、サポートネット(支え手のつながり)からのご相談を受けて、個別にどのようなお手伝いが必要なのかをチームで考えるときの舵取り役を私がしています。同時に、今回ご紹介いただくような方略も含め、「子ども・若者支援」の普及啓発を進めるのも大切な役割です。

最近では『「困難を有する子ども・若者」支援の現状と課題~長野県の支援現場から~』と題して『少女は夜明けに夢をみる』を上映し、その後、長野少年鑑別所の斎藤敏浩首席専門官とのトークを行っています。また『道草』でも社会福祉法人かりがね福祉会理事長・小林彰さん、宍戸大裕監督ともトークをされました。こうした取り組みを行うようになったきっかけはなんだったのでしょう?

宮尾さん 上田映劇は、最近、休眠預金の助成による「うえだ子どもシネマクラブ」でも話題になっていますよね。実は私が、若者・子どもの自立支援活動を行っている侍学園でこの「東信子ども・若者サポートネット」事業を担当していた2年ほど前に、映劇の原悟さんからお誘いを受けたんです。映画上映と対話をジョイントした形で「子ども・若者支援」を発信してはどうか、と。

劇場からお声がけされたと。原さんと宮尾さん、それぞれの想いが合致したということですよね。どんなお話をされたのでしょう?

宮尾さん 上田映劇は、「興行的に成果が見込める」という価値観だけでなく、「今、この作品を市民に観てもらいたい」という明確な意識で上映作品を選んでおられます。当然、そうした形でチョイスされた作品の中には、国の内外を問わず、子ども・若者をめぐるさまざまな現実を描き出した作品も多く含まれています。実際に、映画ファンは映画ファン同士、福祉関係者は福祉関係者同士で普段から情報交換や意見交換をしていますが、相互が交流する機会はあまりないように思います。そこで、立場を超えたいろんな観客が一つの映画作品を一緒に観て、直後に感じたことや考えたことを語り合う「場」をつくったら、何か面白いことが起きるのでは?と、二人のイメージが重なったということだと思います。それはきっと、上田市内で始まっている刺激的で魅力的ないくつかの実験とも通じているのでしょう。

作品の上映後、映画監督も一緒にトークに参加されていることも、お子さんが抱えるさまざまな課題への視点が広がるように思います?

宮尾さん それはあると思います。『道草』で宍戸大裕監督をお迎えしたときも、制作秘話などがお聞きできて、とても充実した内容になりました。たとえば、作品中、登場人物の一人がコンビニのガラスを割ってしまうシーンがあるのですが、カメラを止めてヘルパーと一緒に本人に落ち着いてもらえるようになだめるのを手伝った、とか、とても臨場感が伝わってきました。

次回は『海辺の金魚』です。ご覧になった宮尾さんにとっての気づきがありましたら教えてください。

宮尾さん 5月のはじめに、原さんから5本の映画のチラシを示され、「今、この中で宮尾さんが取り上げてみたいと思うのは、どの作品ですか?」と提案いただいたんです。ほかもいずれも大切なテーマを扱っている作品でしたが、わりと直感的に、中でも私自身の日ごろの仕事に近いこの作品を選びました。

宮尾さん 企画の準備のため事前に鑑賞させていただきましたが、小川紗良監督は、さすがは是枝監督のお弟子さんだけあって、シビアなテーマを扱いながら教条的でも説明的でもなく、当事者である少女たちの心の動きを自然に描いていて、これはやはり若い感性の仕事だと感じました。

『子どもの権利を地域で守るために ~あなたの身近で起きていること~』と銘打った上映記念対話会では、児童精神科医・福祉社会学博士の上鹿渡和宏さん、小川監督とのトークも予定されています。

宮尾さん 今、私たちの前にあるこの大きな課題の解決に向けて、豊富な臨床経験と国際的な知見を踏まえて奮闘されている上鹿渡先生と、今回初めて体当たりでこのテーマに取り組まれた小川監督が出会い、対話される。これだけで充分にダイナミックな出来事です。ですから、素直にどんな対話が生まれるのだろう?と私自身が今から楽しみです。
そして、“身寄りのない子どもたち”というとてもシビアなテーマを選んで映画を製作された小川監督ご本人が女優であり、ヒロインとも年齢が近いということもあり、私自身、お会いして対話できるのがとても楽しみです。

宮尾さんは映画はもちろん、演劇、美術などにも造詣が深くていらっしゃいますが、文化芸術の社会包摂機能について、特に宮尾さんのお仕事の視点から見たときにどんな可能性を感じているか、教えてください。

宮尾さん いえいえ、私自身がアートに救われているだけです。一つだけ私が昔から抱いている言葉にかかわるイメージについてお話します。
介護保険制度が導入されて以来、日常的になった「ケアマネジメント」という言葉があります。簡単に言えば、福祉の分野で支援(サービス)を組み合わせることです。この乾いた語感にどうしてもなじめない自分がいて、心中秘かに「かかわりのよびつぎ」と読み直しています。“呼び継ぎ”は日本独自の陶磁器を漆と金箔でつくろう修繕の技法です。西欧の概念であるソーシャルワークを日本古来の文化に翻訳する仕事が、まだまだ私たちに問われ続けていると感じています。

『海辺の金魚』上映記念対話会
「子どもの権利を地域で守るために ~あなたの身近で起きていること~」

■日時|7月4日(日)映画上映:14時〜(上映後対話会/終了予定16時20分頃)
■会場|上田映劇(長野県上田市中央2-12-30)
■対話者|小川紗良(俳優・映画監督) 上鹿渡和宏(児童精神科医・福祉社会学 博士)
■聞き手|宮尾彰(東信子ども・若者サポートネット)
■料金|一般1,900円/シニア(60歳以上)1,200円/大学生1,000円/高校生以下500円
■座席予約・お問合せ|上田映劇Eメールuedaeigeki@gmail.com、Tel.0268-22-0269(10:00~18:00/月曜休館)
※鑑賞を希望されるお客様は必ず事前予約をお願いいたします。
※なるべくEメールをご利用ください。

『海辺の金魚』
https://umibe-kingyo.com/