[対談]『keuzes』代表・田中史緒里さん×『OHANABATAKE』西澤芽衣さん

『keuzes』と競合するブランドが増えたり、良いサービスが発展していくことでLGBTが社会の当たり前になっていく

求人検索エンジン「Indeed」では、世界各地でLGBTQ+の権利について啓発を促すためのイベントがいろいろと行われる6月に、ダイバーシティのある働き方を推進するプロジェクト『Indeed Rainbow Voice 2021』を実施しています。そんな情報が本サイトをオープンしたと同時に入ってきました。同プロジェクトのトークパートナーに、女性の体に合うメンズライクなスーツの製造販売を行う『keuzes(クーゼス)』を立ち上げた田中史緒里さんがいらっしゃいました。文化芸術を通した取り組みを掲げる本サイトにはうってつけだと考え、長野県出身で、音楽を通してLGBTQの啓発活動を行っていたこともある西澤芽衣さんと対談していただきました。

田中史緒里(FtX/体は女性、心は中性)
福岡県生まれ。小学生で両親の離婚を経験し、2歳年上の姉ととともに父のもとへ。小学5年生のときにいじめに遭い、「人に嫌われること」を極端に恐れるようになる。中学・高校と人目を気にして過ごしたが、上京してLGBTの仲間たちと出会ったことで心境が変化し、自分らしく生きられるようになる。2019年、女性の体に合うメンズライクなスーツ『keuzes(クーゼス)』を立ち上げる。またLGBTQ+当事者による日本初のジェンダーフリーなウェディングサービス「keuzes wedding by HAKU」もスタート。

西澤芽衣(FtM/体は女性、心は男性)
長野県生まれ。20代前半までは「性別適合手術や治療を受け、戸籍上でも男性として生きていきたい」との考えを持つ。その後は、家族や友人からの愛ある言葉を受け、考えを改める。現在は都内の食パン専門店で店長を務めながら、『OHANABATAKE -身の周りにある小さな幸せ-』をテーマに活動を行いながら、自身の生き方を通し「性別にとらわれずに自分らしく生きられる」という一つの幸せなライフモデルの確立を目指す。

早速ですが、西澤さん、数日前に『keuzes』の生理用ナプキンをつけられるボクサーパンツを購入されたんですよね。

西澤 はい。対談のお話をいただいたあと、偶然にも田中さんのインスタライブを拝見する機会があったんです。そこでパンツを解説しながら販売されていて、残り3枚というタイミングでゲットしました(笑)。
田中 マジですか?! ありがとうございます。おかげさまで、その日はぐっすり眠ることができました(笑)。

穿き心地はいかがでしたか?

西澤 笑ってくださいね。僕、めちゃくちゃ太っちゃって、パッケージから出した瞬間にこれは無理だと。そんな事件が起きました(笑)。
一同 笑い
西澤 ちょうどダイエットを始めたので、穿ける日を楽しみに頑張って痩せようと思っています!(笑)。でも生理用ナプキンもつけられるっていう、羽根つきの、羽を入れられるポケットみたいなのが二重構造であるんですけど、とてもカッコいいんです。
田中 感想を楽しみにしていますね。

そのパンツの発想も当事者の方でないとわからない悩みだったりしますよね。

田中 誰かに言うほどでもない小さな悩みがいろいろあるんですよね。『keuzes』としてスーツの製造販売をしようと考えたときに、店舗を持たないという決断をして、スーツを欲しいと言ってくださるお客様のところに直接、田中が行くというスタイルでやることに決めたんです。長野市にも伺いましたよ。全国を回りながら、お客様といろいろ話をする機会が増えて、その中で、下着の悩みは結構多かったんです。

自分の周りだけでこんなに悩んでいる人がいるのなら動いてみよう

田中さんが『keuzes』というブランドを立ち上げた理由を教えてください。

田中 きっかけは、高校生のころ。周りが成人式に向けて今から髪を伸ばそうみたいな話をしたり、当日の服装を考えるようになっていたんです。自分は何を着ようか考えたときに、振袖は選択肢になく、じゃあスーツかなと。田中は幼いころからずっと、かっこいいものが好きで、ドラゴンの服を着ていたんです。その一方で、高校時代は「自分がLGBTの何かかもしれない」ということをどこかで認めたくない自分もいたんです。スーツだったら紳士服専門店に行けば購入できるという情報も見つけたけれど、田舎だったので「友達の親だったり知り合いが働いてるかもしれない」と思い、成人式に出席することをあきらめました。

いろいろな葛藤を持ち続けられたんですね。

田中 はい。その後、上京したときに、友達の結婚式に呼ばれたんです。本当にスーツが必要になったけれど、そもそも探し方も調べ方もわかりませんでした。もし店舗に行ったとしても、自分自身が「FtXです」と言い切れない段階で「メンズスーツをください」と言ったら店員の方にどう思われるんだろうと考えると、勇気もありませんでした。ネットでも欲しいものは見つからない。結局そのときは自分でセットアップを用意したんですけど、結婚式はおめでたい場なのに、自分はもどかしいという複雑な気持ちになって、これが一生ずっと続くのは嫌だなと思ったんです。
西澤 僕も成人式などで店舗に行ってメンズスーツをつくったりしましたが、採寸のときにFtMであることがバレないか、やっぱり心配でしたね。今の僕は「歩くカミングアウター」と言われるくらいなんでも公表しちゃうし、隠すこともないんですけど、過去の経験を振り返ると安心してスーツを購入できるというのは、すごく素敵なことだと思います。
田中 ありがとうございます。でも自分の周りにも同じような悩みを持っている人が何人もいたんですよ。「自分の周りだけでこんなに悩んでいる人がいるなら、世の中にはどのくらいいるんだろう」と思い始めて。それまで誰かがやってくれるだろうと思っていたんですけど、「自分でやる!」と決意をして動いたわけです。

『keuzes』のスーツは、どのようなところに工夫されているのでしょうか?

田中 スーツ自体のこだわりで言えば、やっぱり一番はサイズ感です。たとえば既製品を買うと、肩幅に合わせると腕の長さが合わないとか、いろいろあるんです。そしてうちのスーツは女性的なボディラインを出さないことに気をつけています。ズボンづくりにしても女性は骨盤が広がっているから、そこから腰を絞っていくと骨盤がすごく目立つんですよ。それで、だんだんに緩くしぼっていくような方法をとっています。
西澤 女性特有のラインなど、僕らが気になる部分を知っていらっしゃる田中さんだからこそつくれるスーツ。本当に興味深いです。

田中 とは言え実は服飾の知識はまったくなかったので、最初はすごく安易に考えていました。とにかく端から工場に電話をかけ続けて「メンズスーツ、小さくできますか」という相談を繰り返したんです。そもそもレディースとメンズは工場が違っていて、メンズで一番小さい型が決まっているんですね。そういうことを知らなくて。レディースのパターンでメンズサイズのスーツをつくれるのかという話をしていたんです。その中に一軒だけすごく協力的な工場があって。「あなたが言っていることはわかったけれど、そもそも形のイメージがわからないから一着見本をつくってほしい」と言われ、個人で見つけたパタンナーさんと試行錯誤しながら、自分の悩みをいろいろ話しながらやっと形にすることができました。

工場の方とパタンナーさんからすると、異例のお願いだったということですよね。田中さんの何が、お二人をそこまで動かしたのだと思いますか?

田中 工場のおじさんには「なんでそんなことするの」と言われました。まずLGBTという言葉の意味から話しました。「LGBTの当事者の数はAB型や、左利きの人より多いんです。田中さんという名字より多いと言われています。この世の中ネットで探せば何でも買えるのに、その人たちはメンズライクなスーツがないことに絶望したんです。やばくないですか?」と伝えました。パタンナーさんは女性の方でLGBTはご存知だったけれど、「手に入れるためにどうしたらいいかわからないという状況が私の高校時代から変わらない」という話をしました。お二人とも「じゃあ、やってやりましょう!」と言ってくれたんです。

想いを実現して、全国から『keuzes』が求められるようになった今、新たにスーツに込める想いを教えてください。

田中 正直スーツの性別はまだまだあって。だからこそ『keuzes』のスーツを着て外を歩いているだけで、背中を押すことができる人はいっぱいいる。「こういうスーツがあるんだ、着ていいんだ」と感じてもらえると思うんです。だから田中が一人でやってることに意味があるというよりも、お客様にそのスーツを着て外に出てもらえることで、それを見た当事者の方の心が動かされれば世の中が変わるんじゃないかと本気で思っていて。そうやって、この先も出会った人すべてを巻き込んでいきたいですね。

チャレンジして良かったですか?

田中 正直、自分のために始めたことでしたが、プロポーズの場面や、あきらめていた成人式や卒業式などにこのスーツを着ていただけることで、お客様の人生の可能性を広げられることを知りました。走り出してから「大切な日に関わることができている」という、やりがいがついてきました。たとえば成人式でメンズスーツを着ることを家族に反対されたけれど、新調したスーツを家族の前で着たら「めちゃくちゃ似合うじゃん。よかったね」という反応に変わったというお客様もいらっしゃる。親御さんの中には、LGBTの当事者を自分の子供しか知らない方も多くて、お客様の自宅を訪ねると田中の存在を見て安心してくださる場合もあります。ですから、いろいろな関わり方ができているんです。
西澤 田中さんや『keuzes』の取り組みは、当事者にものすごく寄り添うことができていると感じます。一人ひとりとつながって、当事者の悩みの解決に一番近い存在だということをすごく感じました。そこに行き着くまでの、スーツをつくることになった理由を聞いたり、熱い想いを伝え続けてやり遂げたというエピソードを知って素晴らしいなと感じました。ちゃんとダイエットして、ぜひスーツもつくらせていただきたいです。
一同 笑い

『keuzes』と競合するブランドやサービスが発展していくことで普通になっていく

最後にお二人の今後の展望を教えてください。

西澤 最近の僕は、時代の背景や流れの中で「セクシュアルマイノリティをわかってほしい」「認めてほしい」という活動をすることに違和感を感じていて、LGBTという枠を超えて活動を始めました。今は『OHANABATAKE』をテーマに「身の周りにある小さな幸せを寄せて集めたら、大きなお花畑が出来た」というイベントを開きたいと考えています。LGBT以外にもマイノリティとされる方々はたくさんいらっしゃる。そんな皆さんが、僕のイベントに参加してめちゃくちゃハッピーになれる、そういう企画をどんどんやっていきたいと思っています。
田中 具体的なことはまだ考えている最中ですが、『keuzes』だけでこの市場を独占するのではなく、真似してくれる人たちがどんどん現れることで、ようやく普通な状況が生まれると思うんです。自分が高校生のころに望んでいた未来がそれだから。競合するブランドが増えたり、より良いサービスによって市場が発展して最終的に「スーツは性別も関係なしに、好きなモノを着られる」世の中になればいいし、そういうブランドであり続けたいと考えています。

『Indeed Rainbow Voice 2021』について by Shiori Tauguchi

いろいろなお客様と話す中で、仕事の話で相談をもらうことが非常に多いんです。だからこのプロジェクトに自分がトークパートナーとして参加できることをとても光栄に思います。その中で「カミングアウトはした方がいいですか?」とよく聞かれます。その正解はわかりません。私の経験では言わないことで自分の中で悪い想像ばかりが膨らんだりするし、さらっと打ち明けてみたら案外大丈夫だったということもあります。そういう気楽さを持つことも大事だよということを伝えたいですね。このプロジェクトを通じて、LGBTQ+当事者にとって少しでも働きやすい環境につなげるようなことができたらうれしいです。

取材・文:横田真理華