[インタビュー]三好大輔さん〜映画『白い鳥』監督
美術鑑賞を通して違いを認め合う、白鳥建二さんの存在がそれを自然と実現してしまう
「目の見える人と見えない人の美術鑑賞」が、ここ数年でずいぶんと広がっています。「見えない人」「見える人」がグループになって、見えること(色、形、大きさ、モチーフなど)、見えないこと(印象、感想、解釈、過去の記憶など)を言葉にして、他者の見方や語りを交えながら共同で美術作品を見る方法です。松本市にアルプスピクチャーズの看板を掲げている映画監督・三好大輔さんが、ノンフィクション作家の川内有緒さんと手がけた映画『白い鳥』は、年に数10回も美術館に通う全盲の白鳥建二さんを追ったドキュメンタリーです。三好さんにお話を伺いました。
今の社会の仕組みの歪みに気づいた
この映画を撮ることになった経緯から教えていただけますか?
三好 ノンフィクション作家の川内有緒さん(本作品の共同監督)から、白鳥さんとの美術鑑賞の様子を映像に残したい、という相談があったのがはじまりです。5分くらいの映像にまとめられたら、という話だったので、気軽な気持ちで考えていました。有緒さんは、古くからの友人で、水戸芸術館で働く佐藤麻衣子さんに2年ほど前「白鳥さんと美術館に行くと楽しいよ」と誘われて、白鳥さんと一緒に鑑賞するようになって、その様子を雑誌などで記事にしていました。
去年の8月に「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」に白鳥さんたちと作品を観て回ることになり、その一部始終を撮りました。2日間の撮影を終えた後、具体的なアウトプットも決まっていなかったので、編集することなく素材をそのまま寝かせていたんです。そうしたら11月に、バリアフリー型オンライン劇場THEATRE for ALL(https://theatreforall.net/)というサイトが立ち上がり、そこに載せるコンテンツの募集があるよ、と友人から連絡をもらい、締め切り直前に滑り込みで申し込んだところ、12月に入って採択の連絡が来ました。良かった!と思った反面、初号の納品が1月15日だったものですから、大急ぎで撮影から完成までのスケジュールを組み立て、音楽やアニメーションもこのタイトな制約の中でも表現してもらえるメンバーに声がけしました。12月の半ばに水戸で3日、浜松で1日の撮影を行い、仕上げは 5 ⽇間にわたる合宿のような編集作業を⾏い完成に漕ぎ着けました。
「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」(集英社インターナショナル)
著者:川内有緒
四六判ソフトカバー336P(カラー21P)
定価:2,310円(税込)
装丁:佐藤亜沙美(サトウサンカイ)
装画:朝野ペコ
三好さんにとって実際にお会いした白鳥さんの印象はいかがでしたか?
三好 面白い人ですね。僕より歳は2つ上で、仲良くしてもらっています。目は見えないけれど、自分でなんでもやれる人。PCやスマホを使いこなし、メールのやりとりも不自由なくやるし、ネットで買い物もするし、本も読むし、音楽も聴くし、映画も見る。本当に好奇心旺盛な人ですね。白鳥さんと出会うまでは、目の見えない人に対する偏見みたいなものが自分の中にあったんです。全盲の方は介助がないと生活できないんじゃないか、とどこかで思っていたけれど、白鳥さんと出会って、そうした考えが覆されました。散歩に行って、買い物して、ご飯をつくって、洗濯をして、ゴミ出しに行って。撮影しながら白鳥さんの生活にも出会っていくことで、目が見開かれていきました。それは自分自身がいかに無知で偏見の塊だったかということでもあったと思うんです。
そこで気づいたのは、障害のある人と無い人が、それぞれ別の世界で生きやすいように社会が設計されている、という社会の歪みです。盲人社会と健常者の社会が別々に存在していて、お互いが関わり合わなくてもそれぞれの社会は回っていくようにできている。白鳥さんは盲人の社会で生きてきたけれど、美術鑑賞という目が見える人たちの世界に自ら足を踏み入れることで、その壁を跳び超えてきたんだと思います。
僕自身、この映画づくりを通して白鳥さんと出会い、自分の中の価値観が大きく変わりました。障害に対する考え方やアートに対する考え方がすごく自由になったんです。まだまだ偏⾒が無くなったとは言い切れないですが、それを無くす方向に舵を切れたのは大きいですね。
白鳥さんのキャラクターに惹かれていくのは映画を観る側も一緒だと思います。
三好 そうですね。白鳥さんはある意味でロックな人で、とにかく自分の気持ちに真っ直ぐにいる人だな、と思います。面白いことは面白いと言い、気分が乗らない時は「今はいいや」と言える人。自分の中の正義や考え方が真っ直ぐでブレないところに惹かれますね。そしてビールが大好きなところも好きですね(笑)。
登場してくる、白鳥さんの周囲の方々がまたすごく魅力的ですよね。
三好 そう、白鳥さんの周りには魅力的な人たちが本当にたくさんいるんです。それはたまたまではなく必然だと感じます。映画の撮影では、白鳥さんを取り巻く人たちにも取材していきました。美術鑑賞仲間のマイティ(佐藤麻衣子さん)や水戸芸術館で視覚に障害がある人との鑑賞ツアー「session!」を白鳥さんと一緒につくり上げてきた森山純子さん、そして白鳥さんの20年来の友人であり版画刷師のホシノマサハルさん。皆さん、障害とアートに関わる仕事をしていらっしゃる方々なんですが、見える見えないに関わらず、人として同じ土俵にいるのが共通点という気がします。してあげる人、してもらう人、という関係性ではなくて、「同士」のような関係。白鳥さんのことを「建ちゃんは本当はいい奴じゃないんですよ」と言える関係性って素敵ですよね。見える見えないは関係なく、人として付き合っていることがその言葉から感じられる。そういう人間関係を白鳥さん自身が築いてきたっていうことですよね。
白鳥さんと美術鑑賞をした人はファミリーみたいな雰囲気に
「健ちゃんは作品なんか見てない。人と一緒にいたいんだ」というホシノさんの言葉がありましたが、そこに「目の見える人と見えない人の美術鑑賞」の本質がありそうですよね。
三好 そうですね。白鳥さんがいろいろな人と美術鑑賞をする場に立ち会っていますが、毎回その面白さに驚かされます。例えば1枚の写真について、そこに居る人たちがその写真に何が写っているのかを言葉にしていくんです。「モノクロの写真です。木が10本立ってます」と誰かが話し出すと、別の方が「遠くから見ると木ではなくて月に見える」と言うんです。「木」と「月」ではまったく違いますよね。その作品について、それぞれが違う感性、違う感覚をもって同じ作品を見ている。同じものを見ていても違うものを見ているような感覚になっていく。そしてみんなが違う感覚をもっているんだということを認識する。違いを認め合うことって実はすごく難しいことだけれども、白鳥さんがいることによってそれが自然と実現してしまう。見ず知らずのメンバーで鑑賞をはじめると、最初は緊張感が漂っているのですが、鑑賞を終えるとファミリーみたいな関係性になっているんです。そういう場面をたびたび撮影してきました。アートを前に会話で鑑賞していくと、見える人も実は見えてなかったりすることに気づく。見えない白鳥さんには見えて、見えている自分たちには見えていない。では「見るって何?」という問いに行き当たるんです。突き詰めていくと、アートを見ながら、作品の良し悪しではなく、そこにいる人同士がコミュニケーションし、その違いを味わいながら、一緒にいる時間を楽しんでいるのがわかるんです。
バリアフリー・コンテンツが普通になる時代を目指したい
今回は、THEATRE for ALLによる企画ということで、音声ガイド、日本語字幕バージョンもつくられたわけですが、気づきがあったら教えてください。
三好 『白い鳥』は、バリアフリー・コンテンツとして、聴覚障害者用の日本語字幕版、視覚障害者用には音声ガイド版を制作しています。盲人の方や聾唖の方にそれぞれ参加してもらいながら原稿を作成していくんです。例えば映像で、会話をしているところに湖を白鳥が泳いでいるシーンがインサートされていると、会話の間に「湖を泳ぐ白鳥(はくちょう)」というナレーションが入るんです。映像をつくる時はすべてのカットを意図して編集はしているんだけれども、言葉で補足されたとき、目の見えない人にはそうやってフォローしないと伝わらないことがあるんだ、と改めて気づかされました。そして、聴こえない人には音楽がわかりません。だから、BGMが流れると画面に「♪」マークが入ったりします。補足する言葉や記号を手掛かりに作品世界を把握し、楽しんでもらえるような形を整えられたことで、改めて、視覚障害者、聴覚障害者の方への理解が深まったと思います。今、バリアフリー・コンテンツをリリースする映画はまだまだ少ないそうですが、もっと当たり前になっていくといいなと思いますね。
バリアフリーの予算を普通に組み込まれる創作環境になっていくといいですね。
三好 そうですね、まだまだ予算的なハードルが高いですが、それも踏まえた制作環境をできるところから整えていきたいです。
最後に、公開に当たっての思いを教えてください。
三好 映画「白い鳥」は本編50分と映画としては中編という形になります。バリアフリー型オンライン劇場「THATRE for ALL」ではバリアフリー版とともに英語版も鑑賞することができます。日本語字幕版や日本語字幕版を視聴してもらうと新たな発見があると思うので、ぜひ、そちらも楽しんでいただけたらと思います。この作品の50分という短かさのいいところは、学校の授業でもかけられるところです。これまで自分が教えている高校や大学でも上映をしていて、この映画からいろんなものを受け取ってもらっています。いろいろな世代の方にこの作品を観てほしいですが、特にこれからの社会をつくっていく若い人たちに届けていきたいと思っています。
コロナで世界が閉鎖的になってしまっています。オリンピックやパラリンピックが行われ、世界は分断へと進んでいるように感じます。こういった困難な状況の中だからこそ、改めてこの映画が、障害やアート、そして人と出会うことの意味を考えるきっかけになれたらと思います。
現代演劇やコンテンポラリーダンスの上演映像、映画、ドキュメンタリー番組、バリアフリー・多言語翻訳対応をしている映像作品など、インターネット配信する様々なプログラムをお楽しみいただけます。パソコンやスマートフォンで視聴・ご参加ください。
*一部の作品は有料です。
*ワークショップや配信イベントは、事前予約が必要な場合があります。
https://theatreforall.net/awhitebird/
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■料金:1,000円(税込)
■視聴可能期間:購入から10日間
■問合せ:
Tel.03-6825-1223 (受付時間 平日10:00〜17:00)
Fax.03-6421-2744
https://theatreforall.net/