人々に何かを教えるために遣わされたヒーラー

 私はとても素敵なものに出会った時、言葉にできない感動を覚えた時、全身が脱力して耳から柔らかい空気が抜けるような感覚に陥ることがある。何度も経験しているが、その日は格別だった。

 もう20年近く前のこと。私は用事が早く済み、友人との待ち合わせまでぽっかり時間が空いてしまった。場所は東京上野。そこで展覧会にでも行こうと思い立ち、近くの東京都美術館に向かった。その時に開催されていたのが「このアートで元気になる エイブル・アート’99」という障がいを持つアーティストたちの展覧会だった。時間潰しを目的にたまたま入ったこの展覧会で私は驚くほど感銘を受けた。美術大学出身で多くの作品を見ていた私ではあったが、それまで出会ったことのないタイプの作品ばかりを目の当たりにした。ワンダーランドが広がっていたのだ。美術館を出た時の満たされた後の脱力感と不思議な余韻を今でも覚えている。

 その少し後だっただろうか。先住民の文化、殊にネイティブアメリカンの世界観に傾倒していた私は、幾つかの文献を読む中で障がい者に関する記述を見つけた。前述の体験の余韻が色褪せぬ私にとって、あまりにストライクで魅力的なものだった。

 「障がい者は普通の人間にはコントロールできない特別な力を持っていて、人々に何かを教えるために遣わされたヒーラー(癒す者)だ」

 この一文は私の中に深く刻まれるとともに、障がい者アートへの興味を確かなものにした。

 私は7年前に妻の故郷・長野に移住した。そこで縁があって、現在は障がい者支援施設でアート活動の支援に携わっている。いつか関わってみたいと漠然と思っていたものの、移住したことで機会を得るとは思ってもいなかった。

 職場では利用者の皆さんの予想だにしない行動に驚きながらも、ひょいっと常識を超えていってしまう彼らの身のこなしに羨ましさを覚えることばかり。そして自分がいかに既成概念で凝り固まった小さな人間なのかを教えてもらう日々になっている。

 そしてアート活動。まわりの評価を気にもせず、誰かと競うこともなく、ごくパーソナルな感情の発露から作品を生み出す作者たちが勢揃い。時折とんでもない作品が誕生する瞬間に立ち会うことになり、その魅力で脱力しては耳から柔らかい空気が抜けていく。表現の原点に立ち返らせてくれる場所だ。アート活動を通して皆さんに表現を楽しんでもらいたいと思って取り組んでいるのだが、実のところ私自身が一番楽しんでいるのかもしれない。かけがえのない時間である。

 携わって4年目。一昨年は地域の障害のある方を対象としたオープンアトリエ「風と太陽」を立ち上げた。昨年は新型コロナ感染症のためにほとんど何も出来ずに終わったが、今後に向けて取り組みたい企画は山積みだ。状況が好転してくれることを切に願いつつ、一つずつ進めていこうと思う。